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2018年7月23日 (月)

No.196 : 名論卓説 & 迷論惑説 (8)

12. [ 工学部ヒラノ教授 (シリーズ)] : 今野 浩]
   東京工大名誉教授・前中央大学教授の今野浩博士は理財工学 (金融工学) の先 駆者として著名な方ですが、ノン・フイクション作家としても活躍して居られます。

Photo_3__7  20世紀後半に日本が製造大国を築いたのは、旧ソ連邦が1957年に人類初の人工衛星を打ち上げて、世界に衝撃を与えたスプートニク・ショックに由来する。
  日本政府は理工系大学の大幅な拡張を行った。この時期に進学・卒業したエンジニアの研鑽・努力により世界最強の産業国家が生まれた。    
  然るに彼等は、は、その才能と功績に見合う処遇を受けていない。 この現実を世の大部分の人は知らないようである。
 
  工学部は製造業の兵站基地として、20世紀末の日本を支えた。しかし、世間の人々は、工学部とは何か、其処ではどのような人が、どのように考えて働いているか、全く知らない。工学部は、いわば日本社会におけるチベットのような存在である。
  エンジニアは、自分の事を語ろうとしないし、一般の人はエンンジニアに関心を持たないからである。エンジニアは黙々と働き、世界中より蜜を集めた。文系人は、その蜜を腹一盃食べたくせに、エンジニアに感謝しない。彼等はエンジニアを働く事しか能のない働き蜂の集団だと思っている。
  確かにエンジニアは働くのが好きだ。しかし、それだけの理由で働いているわけではない。世界最強の製造大国を創ったエンジニアが何を考え、どのように毎日を送ってきたか、またエンジニアの棲家である理工系大学とは、どのような存在であるかを、誰かが後世のために伝えるべきではないか。
  勤務先の大学での定年が迫った頃、「工学部の語り部」の役を買って出ようと決心した。
                                                                                   <たまの玄太の一言>
  1970年頃、大学レジャーランド論が盛んに唱えられました。古ぼけたノートを無気力に読み上げる教授、勉学に熱意なく私語に耽り遊びに熱中する学生、が学園に溢れたのからです。
  さらに、1990年、作家の筒井康隆氏は「文学部唯野教授」を岩波書店より刊行して、話題を集めたことが有ります。有名私大をモデルにしたらしい架空の大学の文学部教授たちの変人・奇人ぶりを戯画化して描いた作品です。
  これらにより、市民は大学の内情を知ったのですが、他の学部も同様だろうと思い込んだようです。
  このような風潮は、今野博士にとっては、遺憾極まりない事だったでしょう。理工系学部は世界中を相手に熾烈な先陣争いをしているのですから。(東大本郷キャンパスで、
工学部の研究室は夜半まで点灯しているのに、隣接の経済学部は夕刻には消灯される、と指摘しています。)
 
              <未完>  
 
 

2018年7月15日 (日)

No.195 : 名論卓説 & 迷論惑説 (7)

11. [ 海野十三の先見性] : 海野十三
Photo   海野十三は、今では殆ど話題にならないようですが、「日本SFの父」と称される作家でした。氏は探偵小説家としてスタートしましたが、やがて科学冒険小説家としての独自の歩みを辿りました。
  氏の作品には科学技術の将来を予測した世界を描いたモノが幾つも有ります。その中から選んで紹介してみます。
 
「空襲下の日本」:
  今、ここに二重三重の空中防備をしておいたとしても、敵の何十、何百という飛行機が一度に攻めてくると、何しろ速度も速いし、その上敵味方が入り乱れて渡り合っているうちには、どこかに網の破れ穴のように隙ができて、そこを突破される虞れがある。ことに夜間の襲撃なんて到底平面的な海戦などの比ではない。

2_2
 
  こっちは高度5000m ぐらいまでを、それぞれの高さに区分して警戒していても、向こうの爆撃機が 8000m とか9000m の高度でそっと飛んでくれば、これはわからない。わかったとしても、そういう高度では、ちょっと戦闘機も昇ってゆきかねるし、下から高射砲で打とうとしても、夜間の事でうまく発見して狙い撃つことも出来ないという訳で、どこか抜ける。
  そこを、たとえ爆撃機の5台でも6台でも入ってくれば、これはもうかなりの爆撃力をもつ。

<たまの玄の一言>
  上記は海野十三が、雑誌「日の出」 1933年8月号に掲載した小説の一節です。日中戦争は1937年、大東亜戦争(太平洋戦争)は1941年に始まりましたから、それよりも4~8年も前の作品ですが、1944年末からの本土空襲の実態を的確に予測していたのには、驚きます。
  米爆撃機"B-29" が 10000m の高々度を悠々と飛来するのに対して、日本の戦闘機は低高度・中高度では優秀でも、酸素密度の薄くなる高々度では性能が低下しました。それですから、無線機を外すどころか、時には武装までも除去して軽量化を図り、やっと 10000m に達する窮状でした。それでも、一撃をするのみで、反復攻撃の機会は得られませんでした。
  また、高射砲も殆どが 7.5cm で射程が足りませんでした。10cm の高射砲は、終戦直前にやっと試射に漕ぎ着けたという有様でした。
  海野十三氏は、大学で電気工学を専攻しましたから、科学技術には堪能であり、外国の資料を調べる事にも慣れていたと思われます。しかしながら、これほどのデータを大衆雑誌に載せるには、軍幹部からのバックアップが有ったと推察されます。文には図解が付いていますが、これほどのモノが公表されていたのも驚きです。
  海野十三氏は 「太平洋雷撃戦隊」 という作品を雑誌「少年倶楽部」 1933年4月号に発表しています。作品の中で、日本の潜水艦隊が米本土からハワイ軍港に戦略物資を輸送する大輸送船団を壊滅させるシーンが有ります。
  これを読んで老生は一驚しました。と云うのは、多くの戦記物を読むと、日本海軍は攻撃目標として戦艦・空母を主とし、輸送船などは軽視していたようです。ところが、米潜水艦は、南方の資源を内地に運ぶ日本の輸送船を狙い撃ちしました。このために深刻な物資不足を齎して、遂に日本は屈服に至ったのです。
  海野十三氏が小説で示した戦法は、日本では無視されましたが、米海軍は積極的に採り入れたのです。一民間人が小説に書くような戦略・戦術を、当時の軍首脳は考えられなかったのでしょうか?

            <以下次号>






 

2018年6月26日 (火)

No.194 : 名論卓説 & 迷論惑説 (6)

10. [ "子供の科學" 創刊の辞] : 原田三夫
  1924年に創刊した少年を対象とする科學雑誌 "子供の科學" の編集主幹であった原田三夫氏 (故人) の創刊の辞を紹介します。旧仮名遣い・旧漢字なので違和感を抱くかと思われますが、敢えて原文を転記しました。
PhotoPhoto_3
 愛らしき少年少女諸君 !!! 子供科學画報は、皆さんのために、次のやうな役目を持って生まれました。
  およそ天地の間は、びっくりするやうな不思議なことや、面白いことで、満ちてゐるのでありますが、これを知ってゐるのは學者だけで、その學者のかたは、研究がいそがしいものですから、皆さんにお知らせするひまがありません。 したがって、多くのかたは、それを知らずに居ります。そのなかで特に少年少女諸君の喜びそうなことを學者のかたにうかがって、のせて行くのも、この雑誌の役目の一つです。 
  皆さんが學校で學んでゐる理科を、一そうわかりやすく、面白くするために、その月々に教はる事がらについての寫真や繪を皆さんのためにそろへるのも、この雑誌の一つの役目であります。理科の本にかいてある事がらに限りません。読本のなかにある理科の事がらに關するものも、のせておきます。
  毎日のやうに見たり使ったりしてゐるもの事について、皆さんは、くはしく知りたいと思はれることがありませう。皆さんの御望みを満たすため、画を入れてできるだけわかりやすく、さういふもの事を説明するのも、また、一つの役目であります。
  簡単な器械の造りかたをお傳へして皆さんの発明の才をあらはし、面白い理科の遊びのできるやうにするのも、役目の一つであります。
   しかし、この雑誌の一ばん大切な目的は、ほんたうの科學といふものが、どういふものであるかを、皆さんに知っていただくことであります。ちかごろは 「科學科學」 とやかましくいひますが、ほんたうに科學を知ってゐる人は、澤山ないやうです。人は生まれながら、美しいものを好む心を持ってをりますが、それと同じやうに、自然のもの事についてくはしく知り、深くきはめやうとする慾があります。昔から、その慾の強い人々がしらべた結果、自然のもの事のあひだには、澤山の定つた規則のあることがわかりました。科學といふことは、この規則を明らかにすることであります。多くの人が科學といつてゐるのは、大ていは、その応用に過ぎません。この規則を知ることによつて、人間は、自然にしたがつて、無理のないやうに生き、楽しく暮らすことができ、これを応用して世が文明におもむくのです。
 
<たまの玄太の一言>
  「子供の科學」 を創刊し、編集主幹を務めた原田三夫氏は東京大学理学部植物学科を卒業し、科学知識の普及に尽力した方です。科学ジャーナリストのパイオニアと云えます。上記した "創刊の辞" は、氏の高揚した意気込みが感じ取れます。
  1920年代頃、日本の初等教育界は「読み・書き・そろばん(算術) が中心で理科は2番手の扱いであったようです。老生は1936~1942年にかけて小学校に在学しましたが、そのようなウエイト付けは感じ取れました。小学校では一人の先生が全教科を教えますから、子供でも何となく判ります。要するに教科書を棒読みするような授業で実験・実習などはゼロに近かったと記憶します。なお、老生が在学した小学校は東京の住宅地に在った一種のモデル校で、優秀な先生が集められていましたが、それでも理科の授業はお粗末なものでした。
  原田氏は東大卒業後に旧制中学 (今の中高一貫校に相当) の教員をしていた時期が有りましたから、当時の理科教育の貧弱さを痛感していたと思われます。
  氏の創刊の辞の要点は、科学者と一般人 (少年) の間の橋渡しをしようと云うこと、模型工作を介して興味を起こさせようとすること、しかしながら科学とその応用 (技術) は同一では無いこと、であろうと思われます。
  「子供の科學」 の読者から、多数の理系人材が育ちました。日本の1960年頃からの高度成長・技術革新を支えた研究者・技術者には、「子供の科學」 に よって啓発されて理工系に進んだ人が多くいました。老生もその一人です。大学の級友にも、就職した職場にも、同誌の模型工作記事に魅せられたと語る人は幾らもいました。
  原田氏が、科学と応用は区別されるべきと説いたのは卓見ですが、読者から応用分野 (工学・技術) に多くの人材を輩出した実績に、泉下の氏はどのような感慨を抱かれたのでしょうか? 
            <以下次号>

2018年6月22日 (金)

No.193: 名論卓説 & 迷論惑説 (5)

9. [ 白い遠景 ] : 吉村 昭
Photo_2 吉村氏のエッセイ集より、幼少時の読書に関わる記事を引用します。
 
 母は読書については、何も注意しなかった。どんな本を読んでも黙っていた。漫画・幼年倶楽部・少年倶楽部・譚海などの雑誌や講談本を読むかたわら、日の出・富士・キングなどの大人の大衆雑誌も読んだ。
  それらに記載の大衆小説は面白く、難しい漢字には振り仮名がついていたので、多くの漢字を読み知った。
  当時でも、いわゆる子供の読むべき良書というモノがあった。それらを母親たちは子供に買い与える。しかし、そうした類の書物の大半は子供たちには興味がない。
  良書とは大人の考えた良書であって、子供たちには、それらを読むことは、却って苦痛であった。それらを読まされる子供たちは、読書に興味を失い、本嫌いになってしまう。
 
<たまの玄太の一言>
  この一文に接した時に、老生は快哉の声を挙げました。年少時より密かに思っていたことが明記されていたからです。
  実は、老生も全く同じ経験を持つからです。老生の母も、読書について制約めいたことは一切云いませんでしたでした。
    老生と吉村氏は同世代です。1940年前後に初等教育を受けました。当時の初等教育界には、教科書至上主義とも云うべき流れが有ったようです。小学生は教科書を中心に勉強すれば良い、それ以外の書物を読むな、という雰囲気でした。
  老生の通った公立小学校の校長は、初等教育界では名士だったそうですが、教科書至上主義者でした。当時も小学館発行の「小学〇年生」という学習雑誌が有りましたが、それさえも父兄会などで難色を示す発言をしました。
  況してや、小説中心の少年倶楽部や譚海などは禁書扱いでした。幸いなことに、老生の母は当時としては数少ない高等女学校(今の女子中高一貫校に相当)を出ていた故か、小学校長の話などは聞き流していました。
    老生の愛読書は少年倶楽部に連載された、江戸川乱歩や海野十三、山中峰太郎、平田晋作、南洋一郎、福永恭介らの探偵小説・軍事小説・冒険小説・科学小説 (SF) などで寝食を忘れて読み耽りました。これらは、上記の校長先生からは、最も危険視された作品でしたが、老生の母は学業成績に関わらない限りは、文句を云わずに買って呉れました。
  他にも有名出版社から発刊された「少年少女世界名作全集」と銘打ったシリーズを乱読しました。作品は、「宝島」 「十五少年漂流記」 「トム・ソウヤーの冒険」 「母を尋ねて三千里」 などの海外作品が主でしたが、「平家物語」 「太平記」 などの日本古典も有りました。これらも、殆ど読破しました。
   小学3年生の頃、その後の進路に大きく影響した書物に巡り遭いました。それは講談社の発行した 「発明発見物語」 なる書物でした。菊版サイズのやや大きい本で、アルフレッド・ノーベルを始めとして古今の高名な科学者・発明家の業績・伝記が記載されていました。
   その中でテレビジジョンの発明家として、早大の山本・川原田の両教授、浜松高工の高柳教授の業績が記載されていました。それを読み、かねてから機械いじりが好きがだった老生は、電気通信技術の世界で働こうと思うようになり、後に理工系大学に進学し、電機メーカーに就職し定年まで研究開発の職に在りました。
  吉村氏も老生も、当時としては読書環境に恵まれていたと思います。社会での進路は全く違いましたが、年少時の読書が大きく影響したのは共通です。
  なお蛇足を加えると、吉村氏の作品 「戦艦武蔵」 における造船所の作業や工程の記述は、専門家から見ても正確であり、「零式戦闘機」 では設計者の心理状態に及ぶ記述が詳細を極めています。年少時からの多方面に及ぶの読書の現れと云うべきでしょうか。
             <以下次号>

2018年6月18日 (月)

No.192 :名論卓説 & 迷論惑説 (4)

7.「古風堂々・数学者」 : 藤原正彦
Photo 合理的に説得できる事柄については説教しなくても判るが、実は合理的に説明し難い 「かたち」 も重要である。
  例えば、"嘘を云わぬ" "礼儀を守る" "家族・郷土・国を守る" "名誉と恥をわきまえる" などが挙げられる。
  これらは小学生時代に国語とともに徹底的に教育すべきである。
  20世紀末に日本は合理精神と引き換えに武士道や儒教を中核とする 「かたち」 を捨てたが、これは大損失。移民の国である米国は殆ど 「かたち」 を持たないから争いが絶えない、欧州もキリスト教の 「かたち」 が衰退して米国化、荒廃が進んでいる。
   米国は 「かたち」 を持たず論理 (法律) だけで律しようとする、抜け道のないように法律を網羅整備し、罰則を強化する。多数の弁護士を擁しギスギスした訴訟社会となった。
  合理的精神は、人々を中世の魔術や迷信からを解放し、宗教の軛から精神を飛翔させた。科学技術に代表される近代文明は合理的精神を基盤としている。
  しかし、合理的精神は万能ではない。多くの新たな問題が発生している。 多くの大事な事が論理的には説明し難い。論理抜きの 「かたち」 は社会が円滑・安定に機能するための永年にわたる人類の深い知恵である。
<たまの玄太の一言>
  藤原教授は理系の学問の中でも、純粋に理論を追うと思われている数学の研究者ですから、この論説を読んでやや意外な感じがしました。しかし、熟読玩味して考えると正に核心を突いた指摘だと痛感しました。
  それは老生の技術者生活での経験と相通じるモノを感じたからです。老生は理系人ですが、その応用である工学を学び技術開発の職に在りました。
  その時に理論と実務の乖離に悩まされる事が多く、一方ではベテラン工員の持つノウハウ (経験による暗黙知) に依って難問を解決した事例が何度も有りました。
  教授の云う市民生活に関わる 「かたち」 と、工場生産における 「ノウハウ」 は相通じる大原則ではないかと愚考します。
8. 「国語教育論」 : 藤原正彦
  言語は思考の道具。思考するのは言語であり、発信するのも言語。知的活動とは語彙の獲得と駆使に他ならない。
  読書は、過去・現在・未来にわたり深い知識、深淵な教養を得る有力・有効な手段、ネットは細切れの情報を伝えるに過ぎない。
  読書は教養の土台であり、教養は大局観の土台になる。文芸・歴史・思想・自然科学などの教養を欠いては健全な大局観は持てない。
  大局観は長期的展望や国家戦略に必須である。
  日本人は米国人に比して数学力はあるが、現実問題においての論理展開 (説得力) に弱いと云われる。一方、米国人は逆の傾向を持つとされる。
   その理由は、数学の論理と現実社会の論理に大きなギャップがあるからと考えられる。数学の論理は "真と偽" で成立し、前提には万人が認める "公理" が存在する。一方、現実は "黒白をつけ難い灰色" であり、前提も曖昧である。
    現実社会は普遍性のない前提から始まり、灰色の道を辿る、思考の正当性よりも説得力のある表現が勝利を得る。読書により、豊富な語彙を知り,適切な表現を学ぶ、すなわち国語力を鍛えるのが肝要である。
   実体験は時空を超えた世界を知り得ないが、読書はそれを可能にする。また、高次の情緒も読書により涵養される。情緒は年少期の読書により育つ、時期を失すると効果が上がらない。
<たまの玄太の一言
  藤原教授は国語を重視する言説をしばしば発表しています。「一に国語、二に国語、三にも国語,四と五が無くて六に算数」と話されたのを聞いた記憶があります。
また、小中校生を対象とした世界的なコンクールで、日本の生徒は計算力は高いが、文章の形をした応用問題には弱い、との話もあり、これは問題の主意を正しく読み取れないからだ、との指摘も有ります。
  教授は米国の大学で日本の小学生レベルの算数も解けない学生が在学し、しかも教授を相手に臆面もなく論争を挑む場面に何度も遭遇したそうです。この場合、主題は数学では無かったかも知れませんが、豊富な語彙を総動員して、詭弁とも云うべきロッジックを展開するそうです。
  教授の主張する 「国語力を磨け」 の意図は、詭弁的な論争に備えろというような低次元なモノでは無いでしょう。しかし、国際政治における非難の応酬などを見れば、正統的な国語力を基盤としつつ、詭弁的論法を跳ね返す交渉の話術を鍛えることが必要だと感じます。 
              <以下次号>

2018年6月10日 (日)

No.191: 名論卓説 & 迷論惑説 (3)

6. [ 二つの世界と科学革命 ] : C.P.スノー
Charlespercysnow 文系の知識人は、文系の文化が文化の全てであると考え、自然法則の探求などというものには、全く興味を示さない。
  サイエンスの世界が知的な深さ、複雑さ、明晰さにおいて、人間の精神の最も美しく、最も驚嘆すべき能力によって打ち立てられたものであることを全く理解していない。
 英文学の大作を読んでいない科学者に対し文系知識人は冷笑を浮かべ、専門バカとして退ける。
 だが、彼等の無知と専門バカぶりも驚くべきものだ。 私は彼等に "熱力学の第二法則" について説明できるか問うた。答えは冷ややかなものであり、否定的であった。
 この質問は 「貴方はシェークスピアの作品を何か読んだか」 と云うのと同等のレベルであるが、彼等は答えられなかった。 西欧の最も賢明な人々の多くは、物理学に対しては新石器時代の祖先なみの洞察しか持っていない。
 理系人もシェークスピアの4大悲劇の概略ぐらいは常識として知っておくべきであり、文系人も熱力学のアウトラインは知っているのが望ましい。
<たまの玄太の一言>
 文系人と理系人の乖離を論じる時に、上記の C.P.スノーの主張は、しばしば引用されます。おそらく、理系人からの最初の正面切った文系人批判だったからでしょう。
 C.P.スノーは物理学者であり、後には作家活動もした人物です。このような主張を発表した背後には、西欧社会でも文理の対立が存在するのでしょう。
 実は前記の文は、立花隆氏の東大での講義記録から再録したもので、いわば孫引きです。氏は哲学を学んだ方ですが、その評論活動は政治・社会などの文系分野に止まらず、宇宙・生命・脳科学・情報などの理系分野にも及んでいます。
 そのような方ですから、C.P.スノーの説に着目し講義に採り入れたたのでしょう。
 なお、立花隆氏は、米国の大学は文系でも 「生命科学」「情報科学」 を必修科目にしている、と付言しています。
 
7. [ 文系・理系に関わる百家争鳴 ] :
7-1 C.R. ドーキンス : 「文字を知らないことは、誰も自慢しないが、科学を知らない事を自慢し、数学が出来ないことには胸を張る」
7-2 某・ノーベル賞受賞者 : 「日本の悪い点は、官僚・政治家が科学を知らないと広言することだ。彼等は科学を産業の手下だと見ているらしい。芸術家は尊敬されるが、科学者はしばしば変人扱いされる」
7-3 某・女流作家、中央教育委員 : 「二次方程式など社会に出てからは一度も使わない数学を義務教育で学ぶ必要が有るのか」
7-4  某・県知事 : 「女子にサイン・コサインなど教える必要があるのか? 自分は社会人になって1回使っただけだ。それよりも社会の仕組みや草花の名前を教える方が良い」
<たまの玄太の一言>
 上記の前2項は、著名な理系人の指摘であり、後2項は、知名度の高い文系人の放言です。実は文系有識者の発言には、この種のものが非常に多いのです。
 彼等は、今日の快適で便利な社会を支える社会インフラや家庭機器が近代科学技術によって創られた事実をご存知ないのでしょうか? また、彼等の仕事 (執筆 出版・講演・テレビ コメンテーターなど) の背後には IT 技術が在ります。それらの諸技術は、数学・物理学・化学などを基盤としています。
 こう云うと、すべての若者が、その方面の職に就くわけではない、と反論する方がいます。しかし、それを云うならば、文系の諸科目 (文芸・社会・歴史・・・・) についても同じ論法が成立します。
 独断と偏見で云うならば、洋の東西を問わず、程度の差は有っても文理の対立は避けがたいのかも知れません。
 
           <以下次号>

2018年6月 8日 (金)

No.190 :名論卓説 & 迷論惑説 (2)

4. [ 秋山真之の慧眼 ]
Photo_4  日本海海戦を完全勝利に導いた名参謀・秋山真之は、第一次世界大戦に際し英国を視察した時、兵器工場で女子工員が生産に従事しているのを見て一驚し、それが可能なのは標準化・自動化が徹底している故と看破した。
 当時の日本の産業との格差を痛感し、近代戦を遂行するのは難しいと憂慮した。
<たまの玄太の一言>
 秋山真之は日露戦争において、連合艦隊・作戦参謀として活躍した人物。日本海海戦でバルチック艦隊を相手に完全勝利を収めた立役者でした。
 その彼が、後年に英国視察で得た見解は、前線での戦闘を支えるのは近代科学技術とその生産体制に在り、という卓見でした。
 蛇足を加えると、第二次大戦において、英国のレーダーはドイツを凌いだが、その生産には多数のラジオ・アマチュア(素人無線愛好家) が協力した、と伝えられています。これに対し、ドイツでは国家情報の漏洩を警戒してラジオ・アマチュアの活動を制約していたので、レーダーの開発・生産で遅れた、と云われています。
 秋山真之は、近代戦が科学技術戦であり総力戦であることをは逸早く看破した慧眼の士と云うべきでしょう。
 
5. [ステイーブ・ジョブズ論 ] : 坂村 健
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  米国アップル社の創業者の一人であるステイーブ・ジョブズ氏は科学者でも技術者でもない。氏は新しいビジョンを示し、それを事業として実現する起業家として成功した。
 氏のヒット製品のどれも、その要素技術は自社で開発したものではない。他処で開発された様々な技術を巧みに組み合わせ、優れたデザインと操作感で、人々の潜在的な欲求に応えた製品を適度な価格で提供した。アップル製品が使っている部品の過半数は日本製である。
 インターネットの検索ソフトは日本が先行したが、企業は著作権問題を気にして二の足を踏んだ。
 アップル社はネットを介して楽曲を取り込むサイトを開設した、著作権問題の起きるのは承知の上で推進したと云われる。果たして訴訟問題は山積したが、事業は大成功を収めた。
  日本は訴訟文化に馴染まず、裁判沙汰になりそうな事業には手を染めない風土がある。
 日本の法律はドイツ流で、事前にあらゆる事象を想定し、相互に矛盾のないようにするので、制定も改正も時間がかかる。英米流は、取り敢えず法をつくり、問題が起これば裁判の判例で解決するので、早く対応できると云われる。
 さらに、日本では大手メーカーが人材を抱え込んでいる。米国では、主役の企業そのものが新陳代謝して、優秀な人材もそれにつれて動く。米国ではアイデイアを評価して、ベンチュア企業に投資するが、日本では担保がないと金を出さない。
 法律や制度を改めない限り、日本ではジョブズ氏のような逸材を活かせない。
 ビジネスの趨勢は、ネットは介して有用なサービスを提供する企業が主役になる。機材や素子を提供するメーカーは脇役にならざるを得ない。
<たまの玄太の一言>
論者の坂村 健 教授はリアルタイムOS "トロン" の開発者として世界に知られた情報科学者です。この論評はジョブ
Photoズを論ずると云うよりも、日本の学会・産業界に対する警告のニュアンスが強いように感じ取れますが、正に正鵠を射ています。

 

 老生が以前に読んだ高名なジャーナリストの著作で、ジョブズに言及した箇所が有りました。それには、ジョブズはコンピューターも経営学もドロップアウトしたが、カリグラフィー(ペンによる西洋書道)に熱中したと記して在りました。

 

 その書物では、近年日本の企業から画期的な新製品が出ないが、それは関係者の教養(文学・芸術・歴史・哲学・・・・)が無いからだと断定し、理系人も教養(文系)を積むべし、と力説していました。そうして、ジョブズの成功には、カリグラフイーの素養などの教養に依ると説いていました。ずいぶん粗っぽい且つ科学技術や企業経営の世界を知らない論法です。

 ジョブズはいわゆる「尖った人材」で、天才的な閃きとカリスマ的な指導力によって成功したのです。また、それを支える企業風土に恵まれていました。多方面にわたる教養(文系)の成果では有りません。
 坂村教授の論評は、遥かに実態に迫っていると、老生は評価します。

             <以下次号>

2018年6月 6日 (水)

No.189 :名論卓説 & 迷論惑説 (1)

[ はじめに ]
 旧いノートブックを拾い読みしていると、核心を突いた論説や、思いがけない切り口で見たエッセイなどの写しを再発見しました。
 その幾つかをアトランダムに紹介し、併せて老生のコメントを記しました。
1. [ 歴史と教養 ] : 竹内 洋
 今と此処しか眼中にない人は教養人とは云えぬ。過去や遠い社会に想像力を巡らせるのが教養人。現代に起きる事象を孤立して考えるのではなく 「歴史的視野の中で考える」 ことの出来るのが教養人。
 歴史を 「若しも・・・・」 で論じるのはタブーとされるが、教養としての歴史では適切な演習問題。歴史は瞬間・瞬間の決断で成り立つが、別の判断をすればどうなったか、と云う考察は洞察力や判断力の糧となし得る。
 歴史を学ぶほど、人間の愚行・意図と結果の乖離・小さな進歩にも大きな犠牲、などを実感する。
<たまの玄太の一言>
 老生が旧制中学2年生の時、西洋史の授業で教師から、「歴史ではフランス革命は、なぜ発生したか? 産業革命は後世に如何なる影響を与えたか? を考究するのが肝要である。何時・何処で・誰が・何を・どうした、などの片々とした事象を暗記するすのは無益である」 と云われました。
  この話は、14歳の中学生にとっては、強烈なインパクトでした。それから70年余を経ていますが、今でも覚えています。優れた教師の教訓でした。
   ドイツ帝国の鉄血宰相ビスマルクは「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」と喝破したそうです。これも名言・警句と云えるでしょう。
2. [ 米国の大学総長 ] : 山崎 正和
  学者・教師・行政家・政治家・外交官・広報マン・オペラとフットボールに詳しい社交家であることを要求される。大統領の側近を何人も輩出している前例もある。
[ 大学 学長の要件 ] : 糸魚川 順
 教育と研究の目利き。学生にどのような教育が必要か、より良い社会の実現にはどの研究分野の充実が必要かを見極め、大学全体としての方向性を明確に定められる高い見識を持つ。リーダーシップとマネージメント能力を持つ。
 欧米には学長になり得る人材のマーケットが存在し、育成のプログラムも有る。実社会を経験し、次元の異なるスピード感や責任体制、政策決定の現場を知るのが望まれる。
<たまの玄太の一言>
 日大アメフト部の危険タックル事件を契機として、大学首脳部の在り方が大きな問題になっています。いまの段階で、ジャーナリズムは管理体制を主に批判していますが、老生は資質を論ずべきと考えます。
 山崎氏の説は、スーパーマン的人材を期待し、糸魚川氏の説はプロフェショナル的人材を求めているようにして感じます。いずれにせよ、スポーツ分野のボス的人材が大学経営の実力者として君臨しているのは異常ではないでしょうか?
3. [先生達も官が好き] : 遠藤織枝
 大学の教員のことを、国立大学に属していると「教官」、私立大学の場合は「教員」と呼ぶ。 国立大ではその部屋を「教官室」と云い、会議を開けば「教官会議」と、称する。
退職すれば「退官」した、と云う。
 このコトバは一種のステータスを感じさせるらしく、私立大学の教員が、「教官」を自称するケースが増えて来た。「教員」よりも「教官」の方が格が高いように感じるからであろう。その根底に「官尊民卑」の意識がある。
 「官尊民卑」が日本社会の無責任体制と甘えを許容していると国際的に太刀打ちできないと、経済・国際・社会などの教授が警告しているが、その多くは国立大の「教官」である。自ら名乗らずとも、他から呼ばれるままにして「官尊民卑」や「民官接待」を非難できるのであろうか?
   また、私立大の教員が「教官」を自称するような事大主義は、プライドにかけて採るべきではない。
<たまの玄太の一言>
 老生は某民間企業の研究職を退職して、地方の私立大に転職したことが有ります。この時に割り当てられた居室に「教官室」と書かれた表札が掲げられていました。驚いて事務方に聞くと、創立以来のままだとの事でした。
 創立に際して、国立大を定年になった方が多数移籍し、それらの方々の指示でそう記したとの事で,以来誰も気が付かなかったようでした。
 また、他では自動車教習所の指導員や、客室乗務員の養成機関の教員を「教官」と称した例が有ります。
 現在、目に余るのは、就職試験において「面接官」なるコトバが乱用されています。この誤用は新聞・放送でも野放し状態で使われています。
 何かの機会に誤用されたコトバが、そのまま広まり定着してしまう例は少なくないのでしょうか?
            <以下次号 >
 
 
 

2018年4月11日 (水)

No.188 : レゴ作品展を見学しました (3)

「模型鉄道ジオラマ」
  模型鉄道の醍醐味は、運転にあります。それも実景を模して構成したジオラマの中でです。この作品展には、それが出展されていて、多くの見学者を喜ばせていました。
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  撮影した多数の中から、老生の好みで選んだものです。ロゴの特長を十二分に活用して、凝った建物を配置して在ります。建物がヨーロッパ風なのは、元祖のロゴ社がデンマーク生まれだからでしょうか。
   老生の好みでは、もっと日本風のジオラマで構築したら如何かと感じました。 
 
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[ 終わりの一言 ]
  展示された作品は、他の分野にも沢山ありました。例えば、艦船・航空機・動物などです。どの作品も力作揃いで、
子供のための教育機材に止まらず、成人の創造意欲を満たし得る 「すぐれもの」 だと認識を新たにしました。
              <以上>                                        

2018年4月10日 (火)

No.187 : レゴ作品展を見学しました (2)

[ 鉄道模型 ]
   このレゴ作品展での人気の的は鉄道模型のようでした。多数のピースを組み合わせた精巧な造りの車両と、それが多彩な建物の間を縫って敷かれたレールの上を走行する光景は、見学者を釘付けにしました。
139 左図は「新幹線」の先頭車です。ピースを複雑に組合わせて巧みに流線形を構成しています。    
 
184  上図は、その全景です。実物は16両編成ですが、展示品は6両編成です。それでも、ずいぶん長い作品です。
 
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 上図はJRの電気機関車の模型です。屋根上のパンタグラフや床下の台車や補機類を細かく構成しているのは驚きでした。
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 上図は、上から「貨物車両」「旅客列車」「「電車列車」を並べて有ります。どれも精巧な出来栄えですが、長さ方向の縮尺を調節しているように感じられました。一般に鉄道車両を正確に縮尺すると、ずいぶん細長く見えるものです。さらに、レールの曲線部の曲率を大きくしないと走行が難しくなります。それですから、在来の模型でも長さ方向を故意に短縮するケースが有りました。
ここに展示した模型も、そうだと思われます。車両の窓の数をチェックすれば推定できます。
 展示作品の中に、車両内部が見えるようにしたものが有りました。
182                                                                                                    F020                                       
F021                                           上2図は電車特急の先頭車の客室、下図は食堂車の内部を見えるようにして有ります。どれも、実際よりデフオルメしてあるようです。これは、形状・寸法に制約のあるピースを組合せて構成するのですから当然でしょう。むしろ、よくも纏められたものだと感心します。
                                                                                     なお、蛇足ですが、レゴの鉄道模型のレール幅 (ゲージ) は、在来のものとは異なる独特の規格です。"L-ゲージ" と云う名称を提起しているそうです。また、縮尺を統一化していないようです。(これは出展者の方から直接に聞きました。) 
              <以下次号>                                             

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