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2012年3月20日 (火)

NO.27:航空界の開拓者 日野熊蔵の遺跡

東京都新宿区西五軒町のあるビル側に「国産飛行機発祥の地」とい
う表示が有ります。これは日野熊蔵大尉が始めて国産の飛行機をこ
の地で製作した事を示したものです。(下図)

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その全文は下記のとおりです。
「  国産飛行機発祥の地 新宿区指定史跡
        所在地 新宿区西五軒町34番地 昭和60年12月6日

明治42~43年 (1909~1910)にかけて日野熊蔵大尉により最初の
国産飛行機「日野式1号機」が製作された林田商会(のち日本醸造

機械株式会社)跡地である。
明治時代末期、飛行機が欧米各国で長足の進歩を遂げているのを
見て日野大尉はその将来性に着目し、全く独力で英・米・独・仏の文
献を参考に飛行機用発動機、および飛行機の設計と製作に着手し、
明治43年2月この地で完成した。

一層式で翼長8メートル、全長3メートル、発動機は2衝程空冷式8
馬力を搭載し、完成まで3ヶ月の期間と約1900円を費やした。大尉
はこの飛行機に自ら搭乗して戸山ケ原で試験飛行を実施した。

    平成3年11月          東京都新宿区教育委員会 」


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日野熊蔵は熊本県人吉の出身、1878年生まれ、1897年に陸軍士官
学校卒業、1803年に陸軍技術審査部員、1909年に臨時気球研究会
委員と云う異色の経歴を持つ軍人でした。

彼は1910年に命じられてドイツに渡り飛行機操縦を学びました。彼の
地でグラーデ単葉機を購入して帰国し、12月に代々木練兵場におい
飛行に成功しました。同時期にフランスで学んだ徳川好敏大尉は、ア
ンリファルマン複葉機を持ち帰り、共に飛行に成功しました。
両氏の飛行は日本初の壮挙であり、代々木公園には、その旨を記し
た記念碑と銅像が在ります。(前図)

日野熊蔵は、ドイツ出張に先立ち独力で飛行機の製作を志し、牛込
五軒町の林田工場で日野式1号機を創り上げました。総工費2000
円、工期3ヶ月と伝えられています。この試作機は戸山ケ原でテスト
しましたが、残念にも飛行は不成功でした。1910年3
月のことでした。
しかしながら、私財を投じて独力で設計製作した意気込みと努力は
壮とすべきでしょう。新宿区教育委員会もそれを認めて史跡に認定
したと思われます。

輸入した飛行機が代々木で初飛行するまでは、実物を見たり触れた
りした人は一人もいなかった筈ですから、海外からの僅かな情報を
頼りに独力で造ったという事跡は驚嘆に値します。( これより以前に
二宮忠八が独力で飛行器の開発を行い、模型機の飛行に成功、次い
で有人機を計画したが発動機を入手出来ず、あと一歩に迫りながら
遂に断念した先例は有ります。1908年の事でした。)

1号機が不調に終わった直後に、ドイツ出張で実機について学び、
帰国して上記の初飛行に成功したわけです。
これらの経験に基づき1911年には日野式2号機の設計製作に着手
しました。この時は発動機までも自製しようとしたようです。多忙な軍
務の傍らで飛行機開発に懸ける執念には敬服します。しかしながら
遂に飛行には至りませんでした。なお、この機のレプリカは日本工業
大学の資料館に在るそうです。

日野熊蔵は軍人でしたが、発明家・技術者に天分が有ったようです。
軍当局も、それを認めてはいましたが、軍の統制という観点からは問
題も多かったらしく、初飛行から暫くして中央から遠ざけられて九州に
配転されてしまいました。それでも日野式3号機の開発に意欲を持ち
ましたが、これは計画段階で断念したようです。

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彼は、少佐・中佐と昇進はしたものの1919年に待命・予備役になり軍
部からは離れました。彼の技術的な才能や見識は軍上層部も一目置
いていたようですが、硬直した組織は異才を使いこなせなかったので
しょう。

しかし彼は民間人になっても技術開発の熱意は失わず、多くの開発を
しました。無尾翼機のアイディアでは時代に先んじ、操縦装置の特許
では1942年に技術院賞に輝きました。また、飛行機に限らず武器や
自動車などの分野でも才能を発揮しました。

彼は退官後は経済的に恵まれず病苦にも悩まされたようです。同時
期に航空界のパイオニアであった徳川好敏氏は大御所的な存在とし
て遇せられ、海軍の中島知久平氏は後に中島飛行機社長として航空
産業界に君臨したのに比して不遇であったようです。

彼の郷里では氏の功績を称えた「日野熊蔵生誕地碑」(前図)が建て
られ、伝記(次図)が出版されました。

また熊本テレビは彼の軌跡をドラマ化して放送しました。

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                                    <以上>

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