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2012年5月 1日 (火)

No.32:白糸台掩体壕を訪ねる

東京都府中市白糸台という処に「旧陸軍調布飛行場掩体壕」なる市指
定の史跡が有ります。このあたりには嘗て旧陸軍の調布飛行場が在
り、広大な飛行場には空襲から飛行機を護る掩体壕が散在し、60箇所
に及びました。戦後、その施設は取り壊されて、3箇所のみになってし
まいました。ここに示す白糸台掩体壕はその一つて゛戦時の遺跡として
貴重な存在です。

01

掩体壕についての詳細な説明が掲示されていますが、つけ加えるな
らば、機体を隠して敵の空襲から護るだけの施設ではなく、戦況に応
じて迎撃のために壕から引き出して飛び立たせる機能も備えていた

のです。

02


頻繁な激しい空襲の合間に機を狙って反撃に出る。これは危険で過
酷な任務でしたが、調布飛行場には東京防空のための戦闘機部隊
です。20歳そこそこの若い戦士は勇躍して飛び立ちました。

配備されていたのは3式戦闘機「飛燕」でした。この機は日本機には
珍しい液冷エンジンを搭載したスマートな機体で高空性能に優れ、
高々度で侵入する B-29 超重爆撃機に対して有効な反撃が出来た
と云われます。惜しむらくはエンジンの生産が難しく、充分な数を揃え
られず、ジリ貧に追い込まれて行きました。

次の図は掩体壕の概要を示して有ります。貴重な戦闘機を1機づつ
収容し、機体の整備・弾薬の補填・給油などの諸作業を、この狭い
掩体壕の中で行いました。

03_2
次の写真は掩体壕に収納した3式戦闘機です。ただし、これは大要
を説明するためのもので、この白糸台の施設ではないようです。(堅
固な屋根を備えていません)

04

05

上図は白糸台掩体壕の全景です。この一角は小公園として整備され
ています。周囲は、今では住宅街となっていて往年の飛行場の痕跡
は何も残っていません。

今から60何年か前には、この掩体壕から引き出された3式戦闘機が
飛び立ち、米機の大群に立ち向かったことを想起すると感無量なる
ものが有ります。
                                          <以上>

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