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2012年7月 2日 (月)

NO.41:自動電話交換開始記念碑 探訪

東京都中央区銀座一丁目に「銀座ラフィナート・ホテル」というビルが
在ります。ここは以前は旧逓信省(今のNTT)の京橋電話局でした。日
本の電話サービスは1890年12月16日に東京・横浜間で創業しました。

当時の加入者は東京が155人、横浜が42人でした。交換接続は交換
手が手作業で行いました。昼間は女子7名が夜間は男子2名が担当し
たと伝えられていました。創業時の女子交換手は中流階層の令嬢で、
勤勤に当っては人力車で送迎したとの話が残っています。

電話事業は経済社会の発展と共に拡大を続けていましたが、1923年
の関東大震災で東京および周辺地区は壊滅状態になりました。震災
後の復興に際して、これを契機として自動交換方式に切り替える方針
が定まりました。震災前から、増え続ける需要に対して交換手の募集
養成が追い付かないという事情が在ったのです。

1926年1月20日に、京橋電話局に"ストロージャー式"の自動電話交
換機が設置されて稼動を開始しました。下図はそれを記念して造られ
た記念碑です。

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記念碑の全文は下記のとおりです。

「         自動電話交換開始記念碑

我が国における自動電話交換方式の発祥は大正15年1月20日、
旧京橋電話局の交換業務開始による。自動電話交換開始50年に
当り京橋電話局跡であるこの地に、記念碑を造り、昭和50年1月
20日除幕した。記念碑は当時の自動電話交換機の回路図の一部
を図案化したものであり、銘板は米澤 滋博士の筆によるものであ
る。
        自動交換開始記念碑設置委員会          」

次図は自動交換機の回路図を図案化したオブジェ? で記念碑のプ
レートの傍らに在ります。少々デフォルメが過ぎるので゛はないかとの
意見が有るそうです。

この記念碑が造られたのは1975年で、稼動から50年を経ていました。
当時は新鋭機であったストロージャー式自動電話交換機は既にクロ
スバー式に移行し、さらに電子交換機に置換される趨勢に有りました
電子通信技術の進化は真に急速です。

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その変化に伴って交換機は段階的に、かつ大幅に小型化されました。
そして、これまで交換機が占有いた場所は空きスペースとなり、現在
はコロケーション(co-location=共同の設置場所)スペースとして、
ADSLなどの他の電気通信事業者などに貸し出されています。

現にこの記念碑の在るホテルは旧京橋電話局の跡地です。
下図はホテルの壁に飾られた交換機回路を図案化したオブジェです。

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                            <以上>

                                

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