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2012年10月19日 (金)

No.53:我がカメラ遍歴 (3)

高級カメラ・中級カメラ・初級カメラの明確な定義はなさそうですが、老
生なりの分類私案では、高級機は大口径レンズに高速フォーカルプレ
ーンシャッターを備えてレンズ交換可能、初級機は小口径レンズと中
速度レンズシャッターを持ちレンズは一種類のみ、というところでしょ
うか。

両者の中間に位置するのが中級機というわけです。このように大雑把
に分類されますが、時代と共に技術レベルは向上しますし、ユーザー
層も多様化します。それですから、初級機でも旧中級機に匹敵し、中
級機は旧高級機に相当すると云えそうです。そうして現高級機は旧高
級機を遥かに超える性能・機能を備えています。

1960年代前半に日本のカメラ産業は生産額においてドイツを凌駕して
世界一に成りました。輸出が多かったとのは事実ですが、国内ユーザ
ーも少なくなく、かつ凝り性の民族性の故に、次々と新技術が開発され
ました。その傾向は初級機にも及びました。

09_m_7_1969_2   12_f_p_198x_3
技術革新は先ず自動露出機構に向
いました。被写体の状況に応じてレンズの絞りとシャッタースピードを
設定するのは初心者を悩ませる元凶でしたが、その問題を解決した
のです。それには日本の優れた電子技術のバックアップが有りまし
た。初めは EE (Electric Eye) と称しましたが後に AE (Automatic
Exposure) と云うようになりました。

上左図は、ミノルタ社のAF-2 という製品で、老生は1982年に米国出
張の時にマイアミ海岸の店で購入しました。日本から携行したカメラ
が故障したからです。このカメラは、その名の示すよう自動焦点も付
いていました。Automatic Focus というのは永年の夢でしたが、この
頃には中級機でも備えていたのです。それですから、被写体に向け
たた゜けで、適正な焦点合せ・適正な露出合せが完全自動で行われ
ました。

上右図は富士フィルム社の2焦点カメラです。広角と望遠を切り替え
るので、撮影対象は多彩に成りました。もちろん AE機能は完備して
います。さらにライカ判を横半分にしたパノラマ撮影も出来ましたか
ら山頂から一望した風景などを撮るには好適でした。AF機能は無か
ったと記憶します、1980年代の製品でした。

日本製のカメラが、世界を席巻したのは電子技術を巧みに導入して
誰でも気軽に使えるようにしたからと思われます。それまでは、プロ
の写真家と中流階級の好事家の専有物で、高価の上に操作取扱い
には専門知識と熟練を要したのです。

さらに、極め付けは日本独自の一眼レフ機の開発でした。フィルム
に映る画像と同じモノをファインダーで見られ、焦点合せや背景の
ボケ具合も視認出来る、視差を生じない、交換レンズが使える、な
どの特徴を持つ一眼レフは理想のカメラと考えられていました。

しかしながら、その理想を実現するためには幾つかのハードルが
有り、日本メーカーが本格的に乗り出す前の国外の製品は、期待
されたメリットより使い難さが目立ち、普及しませんでした。

問題の一つは、シャッターを切るとミラーが跳ね上がった状態にな
り、次のシヤッター・セットまでミラーが元の位置に戻らない事でし
た。アサヒ光学のアサヒフレックスは、クイック・リターン方式を開発
して、ミラーの跳ね上がりを瞬時に止める事に成功しました。
つまり、ファインダーの像が消えるのはシャッター作動の一瞬だけ、
というメカを開発したのです。1950年代前半の事でした。

次の技術革新はペンタプリズムの採用です。これにより、カメラを
目の高さで構えられ、且つ左右が反転しない特徴が得られました。
ペンタプリズム以前の形式はカメラを胸元に構えて上からピント・
グラス覗き込まねばならず、像の左右が反転するという難点が有っ
たのです。

さらなる工夫は、TTL (Through The Lenz) という技法です。これは
レンズを介して入る光量を露光計で測り、レンズ絞りとシャッター速
度に連動させるメカです。
その上にAE (自動露出)・AF (自動焦点)の交換レンズが多種類揃っ
ているとなると、向う所敵無し、という盛観を呈しました。

10_t_c_1964
上図は、AF 以外の機能をすべて備えたモデルの一例です。東京光学
製のトブコン・ユニです。1960年代後半に発表されました。標準レンズ
の f 値は 2.0 、シャッターは 1/500 まで、セルフタイマー付き、交換
レンズは広角と望遠が準備されていました。

このモデルは、中級機でしょうが、10年ぐらい前の高級機よりも、遥か
に高性能・高機能であり、価格も手頃でした。老生は海外出張の折に
は携行しましたが、外人からは注目されたものです。

11_t_ic1 この後継機としてトプコン IC-1とい
うモデルが発売されましたが、これ
はシヤッターがフォーカルプレーン
式になっただけで目立つ改良は無
かったようです。むしろセルフタイ
マーが無くなったのがマイナスでし
た。

東京光学は高級一眼レフとしてトプ
コンR なるモデルも有り、交換レンズも豊富でしたが高価であり、老生には高嶺の花でした。

                              <以下次号>

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