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2012年10月22日 (月)

No.54:我がカメラ遍歴 (4)

1990年代になって、老生としては概ね理想に近い一眼レフを入手しま
した。それはアサヒ・ペンタックス7というモデルでした。その時代には
ペンタブリズム一眼レフの性能・機能は、ほぼ最終段階に収斂して、メ
ーカー間の差はカタログ・データ上では殆んどなくなりました。

老生は各社の製品を比較検討しましたが、お買い得と思われたモデル
を求めることにしました。名門メーカーの最高級品はやはり高嶺の花
だったのでセカンド・ベストとして選定したのです。

13c_asa_1990x
上図は、アサヒ・ペンタックス7の外観です。主な性能・機能としては、
ベンタ・プリズム式一眼レフ、シャッターはフォーカルプレーン式で
1/1000秒まで、レンズは広角ズーム(28~80mm) と望遠ズーム(80
~200㎜) の2種が標準装備としてセットになっていました。

自動焦点(AF)と自動露出(TTL方式のAE)を備えていましたから、被
写体に向けてズームを調整(手動)するだけでシャッターを切れば殆ん
ど失敗することなく相応の写真が撮れました。
フィルム巻上げとシャッター・チャージは連動、フィルム終了後は自
動巻戻する機構も備えていました。

これだけの機能を実現できたのはマイコンを基盤とする電子技術と、
さらにメカニズムとの融合によるものでした。この分野技術を完成し、
然るべき価格で量産したのですから、日本のカメラは世界に君臨す
ることになりました。

1980,年代前後から、電子カメラの可能性が話題となり、数社から試
作品が発表され、市販に至ったモデルも有りました。この頃の製品は
走査線 525本のアナログテレビに準拠したもので、記録媒体はフロッ
ピー・ディスクを用いたので、フロッピー・カメラと通称されました。

21_can_qpic_1988_2 左図は1988年にキャノンが発表
した Q-PIC 型です。望遠および
広角のコンバージョン・レンズが
標準装備されていました。AE機
構付いていましたが、AF機構は
無かったように記憶します。

既存の2焦点コンパクト・カメラと同様なレベルを狙ったのでしょうが、
老生の感じでは未だ発展途上の未熟さが目立ち、使い心地は物足り
ない感が有りました。それに根本的な問題は解像度の不足です。こ
れは、525本のアナログテレビ方式に拠ったための宿命でした。画素
数に換算すれば20万以下ですから、今日のトイ・デジカメをも下回った
わけです。

また、記録媒体が2インチのフロッピーですから、容量が少なく、数十
枚程度だったと覚えています。撮影後にテレビ受信機に接続して直ぐ
に見られるというのが売りでしたが、プリンターの開発が遅れていまし
た。

結局、デジカメが現れるまでの中間的な試行に止まったというのが実
状だったようです。しかし、このようなステップを経たからこそ、今日の
デジカメの隆盛があると云う事ができると思われます。
                                 <以下次号>

                                

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