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2013年1月19日 (土)

No.66:横浜の記念碑を探る (2)

「横浜の下水道の始まり」

有名な横浜中華街の長安道の一隅に横浜水道局・土木事務所の建物が在ります。その構内に、上記の碑と発掘した卵形下水管を見る事が出来ます。

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横浜の本格的な下水設備は、英人R.H.ブラントの指導により、1869年に着手し、1871年に完成しました。当初の下水道は瓦製陶管による下水管を埋設する方式でした。
その後、居留地の住民が急増して排水能力が不十分になったので、三田善太郎の計画により、改修工事が行われました。1881年から6年がかりの工事でした。

この時に採用されたのが、縦と横の比率が3対2の「卵形管」でした。この形状の管は、水量が少ない時でも一定の流速を確保して、汚物管底に蓄積し難い特長がありました。この管はレンガとセメントで造られました。

この卵形管は、その後 長期に渡って使用され、後年になって市内中心部の道路工事などで発掘されました。その発掘品は市内数箇所に展示されていて、ここに示したのは、その一つです。

「ガス灯 発祥の地」

馬車道・関内ホールの外周に、往時のガス灯の復元品と由来を示すプレートおよび壁面レリーフが有ります。由来を示すブレートは水平に置かれているためか傷みが激しく文面は定かでは有りません。判読して掴んだ概要は以下のとおりです。

「1859年の開港以来、横浜は西洋文化の窓口になりました。ガス灯は1872年に高島嘉右衛門が「日本ガス社中」を創設し、馬車道・本町通りに設置・点灯しました、日本最初のガス灯です。柱部は英国グラスゴーより輸入し、灯具は日本の職人が造りました。」

204 この復元品は横浜市文化会館の完成を祝って設置したものです。

また、壁面には明治末期の風景を描いたレリーフを埋め込んでいます。
これは、横浜開港資料館所蔵の絵葉書から転写したものです。

下図はそれですが、かなり古びていて鮮明さにかけるのが残念です。

201

なお、ガス灯の復元品は他地域にも在るようですが、老生は未見です。

                               <以下次号>

                           

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