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2013年1月25日 (金)

No.67:横浜の記念碑を探る (3)

「鉄道創業の地」

JR桜木町駅を出て関内方向の右側に、この碑が在ります。 (横浜市中区桜木町1-1)  鉄板で構成した三角柱状でかなり大きいものです。

201c その表面には、創業時の横浜駅舎の図が示され、右側裏面には碑の説明文が記され、左側裏面には当時の時刻表・賃金と乗車規則が示されています。

どれも、長年に雨風の影響の故か、かなり読み難くなっています。

碑文を判読してみると、大要は次のとおりです。

"鉄道創業の地

我が国の鉄道は、明治5年(1872年)旧暦5月7日、この場所にあった横浜ステイションと品川ステイションの間で開通し、その営業を開始しました。
わたくしどもは、当時の人の気概と努力をたたえ、このことを後世に伝えるとともに、この伝統が受け継がれて、さらにあすの飛躍をもたらすことを希望するものであります。

昭和42年10月14日 社団法人 横浜市観光協会 鉄道発祥記念碑建設特別委員会。"

202_b 203_c

上左図は碑文、上右図は時刻表と賃金および乗車規則です。どちらも鮮明度は劣化していますが、特に時刻表関係は読み取りが困難です。 

次図は記念碑の正面に在る創業時の横浜駅舎の図です。

204b

東京の現新橋駅の近くに、創業時の駅舎を再現した建物が有りますが、かなり似ているように思われます。恐らく双方とも英国の駅舎を参考にしたのでしょう。

三角柱状の記念碑の右脇には「鉄道発祥の地・記念碑」と書いた説明板がります。その説明文は次のとおりです。

「日本で初の鉄道を作るために明治3年(1870年)に鉄道資材を英国から購入し横浜港で陸上げされ建設が始まった。
この地は2年後の同5年5月7日、横浜、品川間に最初の鉄道が開業した時の初代横浜駅の跡地である。
この鉄道発祥の地を象徴して昭和42年に記念碑が右図(15m後方)の原標の位置に建立されたが、昭和63年12月にこの広場を整備するに当たって、現在の位置に移設された。
平成元年1月 横浜市 横浜市国際観光協会」

すなわち、現在の碑は15mほど離れた地点から移設れたとの事です。

205a 元の位置には、それを示す源標点が埋め込まれています。

なお一般には、日本の最初の鉄道は新橋・横浜間に開通されたと云われます。しかし正確には、品川・横浜間が先ず開通し、それから数ヶ月を経て新橋・品川間が開通したのです。

また、時刻表によると、横浜・品川間の所要時間は35分、午前・午後に各1往復でした。料金については、上等1円50銭・中等1円・下等50銭、というわけで、当時の物価としては相当に高いものだったようです。

乗車規則の文章には、15分前に来て所定の手続きを行う事、ただし運行時間については保証しかねるとの事、荷物は制限内の大きさならば携行できるが管理は自己責任とする事、喫煙は喫煙車に限られる事、などが記載されていて、創成期の鉄道事情の一端が判ります。

                             <以下次号>





          

                          

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