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2013年1月28日 (月)

No.68:横浜の記念碑を探る (4)

「電信創業の地

横浜市中区の日本大通りと本町通りの交差点に横浜地検の建物が在り、その植え込みに、この碑が在ります。

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記念碑の左には由来を記した小型の石碑も在ります。

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その文字は、かなり読み難いのですが、判読すると下記のような内容です。

「          電信創業の地 
明治2年(1869)12月25日, この場所において横浜電信局と 東京電信局の間にわが国ではじめて 電報の取扱が行われました。
          昭和38年12月27日  日本電信電話公社」

同じような記念碑は、東京都の築地にも在ります。

「電話交換創始の地」

横浜市中区の大桟橋通りと本町通りの交差点近くの "アーバンネット横浜ビル" の植え込みに、この碑が在ります。

この碑には日付として "紀元2600年" として有ります。現在では、この表記は全く使われていませんが、昭和16年(1940年)の事です。また、逓信省と記していますが、後に電気通信省となり、現在はNTTに変身しています。

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記念碑の文字は、すっかり古びてしまい判読困難ですが、だいたいは次の内容です。

「          電話交換創始の地
  横浜電話交換局
 明治廿三年十二月十六日創始
        紀元二千六百年    逓信省        」

この碑の傍にNTTによって造られた説明板が在ります。その内容は上記の石碑と殆んど同じです。

「明治23年 (1890年) 12月16日, この場所にあった 横浜電話交換局において, 横浜と東京間 及び 市内に わが国で初めて電話交換業務が開始されました。
       平成4年4月1日  日本電信電話株式会社    」

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業務開始の時点での加入者は、東京が155人、横浜では42人と記録されているそうです。また、公衆電話は東京が15ヵ所、横浜が1ヵ所に過ぎませんでした。現在の電話(携帯電話・固定電話)の普及・浸透ぶりと比較すると隔世の感が有ります。

                           <以下次号>


                             
         

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