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2013年3月10日 (日)

No.74:旧い製図器が出てきました

身の回りの整理をしていたら、図らずも遥か以前に使った製図器が見付かりました。60年もの昔、理工学部の学生であった老生にとつては、往時を回想させるモノでした。

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現在では、図面の作成には殆んどCAD (コンピューター支援設計) を使いますから、製図板に向い製図器を使って悪戦苦闘する事は無いと思われます。しかし、CADが存在しなかった時代には、製図器を駆使して設計図面を書き上げる技法は、理工学部の学生には必須の業でした。

特に図面書きで苦労したのは、機械科・建築科・造船科・航空科あたりの学生だったようです。一方、電気科・応用化学科などは比較的楽だと云われていました。老生は電気通信を専攻していましたから、楽な部類だとされていましたがそれでも相応な苦労をしたものです。

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1950年頃まで、大学付近には製図器の専門店が必ず在りましたし、やや大きい文具店にも製図器は陳列されていました。コンパス・烏口・デバイダの3種が基本ですが、それぞれに大小が有り、付属品なども加えて一式としてケースに収めて販売されていました。上図は、その一例 (英式)です。見るからに精緻・高級を感じさせるものでした。現在のように多種多様なスティショナリ・グッズが存在しなかった時代に、製図器は正に光輝く利器でした。

老生は大学生になって、製図器を身近に持っようになりましたが、座右に置き眺めるだけでも、それなりの高揚感を抱きました。とは云うものの、実際に製図の授業が始まると難行苦行の連続でした。

特に悩まされたのは、いわゆる「墨入れ」という工程です。鉛筆書きの図面にトレーシング・ペーパーを重ねて、烏口を使って写し取るのですが、かなり進んだ段階で不覚にも、墨汁をポタリと落としてしまう、という悲劇は何度も経験しました。
そうなると、ゼロからの再出発です。提出の期限は迫る、徹夜で書き直しという綱渡りは何度もしました。

ところで、製図器には英式・仏式・独式が有ります。専門家はそれぞれの特徴を云いますが、老生なりに云えば独式は機能一点張りで機械生産、英式は職人の手作り生産で装飾過多、仏式は両者の中間的な製品、となります。現在では独式が世界に浸透し、英式・仏式はもはや、それぞれの祖国では職人が居なくなり生産されていないそうです。面白い事に日本には職人が居て英式・仏式を生産し輸出していると云われます。

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上図は国産の独式のセットです先に示した英式のセットと比較すれば、その相異は明らかでしょう。

日本では幕末期に伊能忠敬らが製図器を駆使したと伝えられています。恐らくはオランダ渡りか、そのコピーでしょう。日本陸軍は仏式を導入し、海軍は英式を採用しました。昭和になって陸軍は独式に切り替えました。
日本の陸海軍は事有る毎に互いに異を立てた、と云われますが、このような機材にまで及んでいたとは驚きです。

なお、懐旧談を云うと、「墨入れ」の地獄は、老生がメーカーに勤務して数年後には、呆気なく解消しました。それは「鉛筆書き」の図面から鮮明なコピーが撮れるようになったからです。
従来のブループリント(青写真)では鮮明度が低くて、そのために原図が鮮鋭であることが要求され、その故に「墨入れ」をしたわけです。
ところがコピー機の精度が上り、「鉛筆書き」の図面からでも鮮鋭な複写が可能になったのです。
従って、新米技術者泣かせの「墨入れ」の技法は不要になったのです。いうなれば「ゼロックスの出現が墨入れを不要とし、新米技術者もより高度の技術開発に専念できる」ようになったわけです。

蛇足を加えると、今日でも製図器に何等かの郷愁を感じる方は、かなり居るように思えます。手に馴染んだ器具は忘れ難いモノがあるのかも知れません。
                        
                              <以上>

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