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2013年4月17日 (水)

No.81:航空機と郵便切手 (7)

「フォッカー3M ;最後の木製旅客機」

今では航空機といえば全金属製ですが、1930年代までは木製の骨組に羽布を張った構造の機体が大半でした。極言すれば凧に動力を付けた、と云っても良いくらいのモノでした。(形態は全く異なりますが)
第一次世界大戦では軍用機が登場して、苛烈な空中戦が演じられましたが、それらの機体はすべて木製構造でした。

第一次大戦後、民間航空事業が興りました。始めは旧軍用機を改造していたのですが、やがて旅客輸送の専用機が出現しました。その中で世界的に広く採用されたのがフォッカー機でした。

19303m 1930_3m

フォッカー機には単発のスーパー・ユニバーサル機と3発のトライ・モーター機が有りました。トライ・モーター機 (3M) は8~12人の乗客を乗せられたので賞用されました。

日本では日本航空輸送㈱ (1928-1943) が輸入して、運航しました。上左図は当時の郵便切手ですが、箱根芦ノ湖の上空を飛行しています。飛行コースは、東京・福岡間と福岡・大連間でした。当時の日本は国策として大陸経営に進出していましたから、内外の要人が利用したのでしょう。

フォッカー3M機は各国で多用されていましたが、1931年に米国で飛行中に大事故を起こし、木製構造の強度・信頼性に疑問が持たれるに至りました。これを契機として全金属性の斬新な機体が登場して来ました。そうして往年の名機も引退の時を迎えたのです。

「ダグラス DC-2;近代的旅客輸送機の先駆者」

1930年代になって、飛躍的に進歩した旅客輸送機が登場しました。1936dc2 Dc2bboqjahs1

それが米ダグラス社が開発したDC-2型機でした。
この機は、全金属製・低翼単葉・可変ピッチ・プロペラ・引込脚という近代的航空機の要素をすべて満たし、さらに自動操縦装置や翼の防氷装置も備えていました。そうして乗客14人を乗せ、巡航速度300km の高速を出しました。

実は、少し以前にボーインク゛社が殆んど同じような新型機 247型を開発して好評を得ていたのですが、後発のDC-2 はより広い客室とより多い乗客数で優位を占め、遂に圧倒してしまいました。米国の企業間競争の激しさを如実に示す好例とされています。

日本では、日本航空輸送が輸入し運航しました。上左図は当時の切手で、日本アルプスの上空を飛ぶ、と説明されていました。切手には "愛国" の文字が入っています、軍国主義体制が強化されつつあった世相の反映かも知れません。それにしても、軍用機は何とか国産化出来ても、民間機までは手が回らなかった、という実態を図らずも示していると見られます。

この機は日本でも中島飛行機がライセンス生産しました。AT機と名付けられ、軍が輸送機として使いました。
また米国では引き続き、さらに強力な DC-3 を開発し、世界的なベストセラー機になりました。

「陸軍3式戦闘機;唯一の液冷エンジン機」

日本で生産した航空機は、殆んどが空冷エンジンを装着していました。液冷エンジンは構造が複雑で工作も整備も難しかったので、より簡単な空冷エンジンを多用したのです。第二次大戦で英独は主として液冷エンジン機を用い、日本は空冷エンジン機で戦いました。米国は両形式を混用しました。それぞれの形式は一長一短が有りますが、詳述は避けます。

1943 1943_ki61

日本陸軍が1943年に制式化した3式戦闘機キ61 "飛燕" は珍しく液冷エンジンを装着していて、出現した時には航空ファンの話題になりました。
なぜ、不馴れな形式のエンジンを採用したのかには諸説あるようです。一般的に云われているのは同盟国であるドイツが液冷エンジンを装着した高性能の軍用機を多数備え、戦果を挙げている事に魅せられたから、という事です。
軍部はダイムラー・ベンツ社のDB-601型のライセンス導入を図り、国産化した液冷エジンを装着した戦闘機を開発させました。担当したのは川崎航空機であり、土井武夫技師をチーフとして設計・生産を行いました。
試作したキ-61 は当時令名高かったドイツのメッサーシュミットBf-109型戦闘機を凌ぐ高性能を示して、軍当局を喜ばせたと伝えられています。

キ-61 と Bf-109 は外形はかなり似ていますが、日本は空戦性能を重視しドイツは一撃離脱戦法を採る、という全く違った戦術思想に基づいての設計ですから、外形の他には共通点は無い、と云われています。

この切手は戦時下に発売されましたが、極めて異例の事でした。日本の軍部は極端な秘密主義を採っていたからです。新聞などの報道機関には軍用機や艦艇の写真を載せる事は有りましたが、名称や性能などは発表しなかったのです。況してや切手などの図柄にする事は皆無に近かった筈です。こ切手も機種名は一切記載していません。それでも敢えてこのような切手を発売したのは、液冷エンジンを装着した新鋭機という宣伝を意図したのではないかと想像されます。
                              <以下次号>

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