無料ブログはココログ

« No.88:日本橋界隈の史跡 (4) | トップページ | No.90:「風立ちぬ」を見て来ました »

2013年7月 3日 (水)

No.89:日本橋界隈の史跡 (5)

「道路元標」

江戸幕府により、日本橋は五街道の起点と定められましたが、明治政府に変わってからも、引き継がれました。そうして "道路元標" が設置されました。この元標には"日本国道路元標"と"東京市道路元標"の2種が並存しています。

下図は日本国道路元標の由来を記した説明のレリーフです。

42

それほど古いモノではないのですが、読取りはかなり根気が要ります。何とか判読すると下記のような文章です。

「日本国道路元標
日本橋は1603年に創架され、江戸幕府により五街道の起点として定められました。
現在の日本橋は1911年に架橋されたルネサンス様式の石造二連アーチ橋で、四隅の親柱の銘板に刻まれた「日本橋」及び「にほんはし」の文字は最後の将軍・徳川慶喜公の揮毫によるものです。
1972年、日本橋中央の「東京市道路元標」がこの広場に移設・保存されました。
その据えられていた跡には、内閣総理大臣佐藤栄作氏(後にノーベル平和賞受賞)の揮毫による「日本国道路元標」が埋標されました。
この複製も同時に制作・設置されたものです。東京市道路元標は、1999年に米寿を祝う日本橋とともに国の重要文化財に指定されています。」

このレリーフは英文も併記してある立派なものですが、日付・設置者(管理者)の記載が有りません。また、元標が何時造られたのかの記載がなく、国の元標と東京市(現東京都)元標が造られた時期の前後関係が判り難いように感じられますが如何なものでしょうか。

次の図は"日本国道路元標"と"元標の広場"の標識です。前者は複製として有りますが、本物は現存しているのか否か、現存しているとすれば何処か?と云う疑問が残ります。
後者の方は橋の袂の小公園的な広場に在る案内標識であって、特定の史跡を示すモノではないようです。

40 45_2

次の図は"東京市道路元標"です。立派な彫刻を施した街路灯の柱部分に銘記されています。

44 1911,年に石造アーチ橋に架け替えられた時に造られたのではないかと思われます。ただし位置に就いては始めから此処に在ったのか、後に移設されたのかは判り兼ねます。

とにかく、"日本国道路元標"に比して見栄えのする華麗なモニュメントである、と云えます。

また、この場所には"里程標"も設置されています。日本橋を基点にして主要都市までの距離を示したものです。

里程標は2枚有ります。北へ向うモノと南西に向うモノが有ります。それらを次図に示します。

41_2 43

日本橋には、 これまでに記載したもの以外にも興味を引く史跡・歴史遺産が存在します。街路灯の基部を飾る獅子・麒麟の像、日本橋魚河岸跡、乙姫像なども在りますが、今回は、この辺で一区切りとします。

                             <以上>

« No.88:日本橋界隈の史跡 (4) | トップページ | No.90:「風立ちぬ」を見て来ました »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575020/57715548

この記事へのトラックバック一覧です: No.89:日本橋界隈の史跡 (5):

« No.88:日本橋界隈の史跡 (4) | トップページ | No.90:「風立ちぬ」を見て来ました »