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2013年8月26日 (月)

No.93:「堀越二郎の生涯」航空発祥記念館の見学 (2)

零戦の設計・試作の過程では幾つかの模型が造られました。次図はその中の一種で1/8縮尺と記して有りますから、風洞実験用と思われます。

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映画「風立ちぬ」の中で堀越技師は計算尺を手元から離さず、計算に没頭しているシーンが何ヶ所か有りました。当時はコンピューターは存在せず、電卓も有りませんでしたから、複雑な計算を計算尺と手回し計算機で処理しました。上図は堀越技師が愛用した計算尺で、裏にHORIKOSIと記名してあります。

零戦に高度の空戦性能を齎した技術上の秘密に「剛性低下方式の導入した操縦系」が有ります。

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その理論の詳細は浅学の老生には判りませんが高速でも低速でも操縦桿の利きが変わらず、軽快な曲技飛行を可能にする技術、というもののようです。
堀越技師は戦後に学位論文にまとめ東大から工学博士を授与されました。上右図は論文の表題です。 (原論文は英文です) また、左図は論文に記載の図解の一部です。

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上図は堀越技師の設計チームです。中央が堀越設計主任、その左が片腕と呼ばれた曽根技師です。チーム全体では数十人に達したそうですから、この写真は幹部クラスの方々でしょう。ある資料によれば、チームの平均年齢は20数歳だったそうです。もっともチーフの堀越技師が未だ30歳代前半だった筈ですから、当然かも知れません。
とにかく、これらの若いメンバーが世界的傑作機を創り出したのは、驚嘆に値すると想います。さらに云うならば、幹部の数人は大卒でしたが、他の人々は工業学校卒(今の工業高校に相当)或いはそれ以下でした。

堀越技師は零戦の開発後も、その改修・性能向上に関わりました。同時に次の課題として局地戦闘機「雷電」を生み出しました。この機は、日本機としては珍しい 高速重武装の"一撃離脱"を意図した設計で、零戦とは異なる性格の機でした。本土に襲来するB29を迎撃してかなりの戦果は挙げましたが、数の不足とエンジンの不調に悩まされたと伝えられています。

169s 最後の設計は十七試艦上戦闘機「烈風」でした。末期的な頽勢を挽回すべく計画されたのですが、堀越技師の努力を傾倒しても国力の低下は如何ともなし難く、未完成のうちに終戦を迎えました。

この展示会には、他にも貴重な資料が多数有りましたが、老生が感銘を受けたのは「終戦日記」です。その全文を以下に転記しました。

「終戦日記 8月15日
正午ラジオ 天皇が重大放送をされると告げた時、私は突嗟に終戦の詔勅に違いないと悟った。録音を再生しての放送で、お声がかすれて所々が聞き取れなかったが、天皇の悲しい御言葉を一つ一つ聞き分ける必要はなかった。
しかし、徐々に開戦も已むを得ないような雰囲気が作りあげられた4年前、さて現実に戦いが起こってみると、敗戦まで行かぬうちに何とか政府は手を打つだろうと、漫然と考えてきた国民大衆は、これを聞いて何と感じたでであろうか。
戦いは終わった。日本がすっかり消耗し尽くした後の、初めて経験する現実の敗戦。明日からわれわれは何をしたらよいのだろう。飛行機を造ることが終わったという以外 現実は何も分らない。分らないが考えなければならん。
社会的訓練の未熟、過剰な人口と狭い国土。自力では解決できぬ致命的な経済上の問題を抱えているこの国に、数年前の文明国らしい生活が帰ってくるであろうか。
われわれに国際間の自由な交易を世界が許してくれなければ、疲弊から立ち直ることはできない。そもそも先進欧米諸国のブロック経済主義が戦争の根本原因ではなかったか。日本が、否 日本の軍部とそれを結ぶ政治家が、外交で平和的に打開することをせず、武力に訴える所まで短気を起したことが戦争の近因ではなかったか。
戦勝国民にも、日本国民にも、この反省がなければ日本の前途には長期にわたる経済および道徳の混乱が続くだろう。それは日本人にはもとより、世界人類にとっても得策ではない筈である。日本に破滅を齎した政策を指導して来た者が全部去らなければ腐敗の種は残る。
"誠実にして叡智ある愛国の政治家出でよ" これが願いである。」

この文章の日付は8月15日として有ります。果たして、当日に書いたのか、かなりの月日を経てから書いたのかは、不明ですが、この一文を記した堀越技師の見識は、今日でも評価され得るものが在ると感じます。

蛇足的付言。零戦に関わる書物は内外に多数有ります。その内容は、①航空技術モノ ②戦記モノ ③日本人の国民性と関連させた論説 ④企業の経営戦略に絡めて論じたモノ、など多種多様です。
技術の粋を集めたとはいうものの、無機質な一工業製品が、これほど論じられ、多くの人々を惹き付ける例は他に類例が無いのではないでしょうか?
                          <以上>




                 

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