無料ブログはココログ

« No.109:日本科学未来館で「世界一展」を見る (2) | トップページ | No.111:雑司ヶ谷霊園を訪れました (2) »

2014年5月21日 (水)

No.110:雑司が谷霊園を訪れました (1)

Photo 司ヶ谷霊園」は、東京都豊島区南池袋四丁目にある東京都立の霊園です、明治7年 (1874年)に設立されました。時の明治政府は多数の法令・布告を発しましたが、その中には共葬墓地に関る条文が有り、東京府は東京会議所に命じて「雑司ヶ谷旭出町墓地」を造成させました。

明治9年 (1876年)には東京府が管理事務所を引き継ぎ、次いで明治22年 (1889年)には東京市の管轄となり、昭和10年(1935年)には「雑司ヶ谷霊園」と改称しました。

昭和18年 (1943年)に東京都が発足し、都の公園協会に移管されて現在に及んでいます。東京都には、青山・谷中・多磨・小平などにも霊園が有りますが、この「雑司ヶ谷霊園」は最も古い時期に造成されました。

歴史が古いだけに著名人の墓も多数在ります。先日、老生は夏目漱石・ジョン萬次郎・山本忠興らの墓を探るために訪れました。

「山本忠興 博士(工学)の墓」 1881-1951

1 6yt

山本忠興博士は高知県の出身、1905年に東大・電気工学科を卒業、芝浦製作所に勤務、1909年から2年間の欧州留学の後に、叔父の竹内明太郎氏の推薦により、早稲田大学に招かれ、1912年に教授に就任しました。

博士は電気機械の発明者として知られ、特にテレビジョン研究が有名で、1925年川原田政太郎らとともに研究に着手、1930年には早大式テレビを完成、公開しました。同年、この発明により十大発明家の一人として宮中賜餐の栄に浴しました。さらに1931年には朝日賞を受賞しました。他にも、OYK電動機の発明者としても業界に知られています。

博士は早稲田大学理工学部長の重責を永年にわたり担い、私学理工系の先駆者として多くの業績を上げました。さらに博士は単なる学究に止まらず、五輪の世界にも活躍しました。すなわち、1928年のアムステルダム五輪には総監督を務め、さらに1940年の東京五輪開催を推進し決定を勝ち取りました。
しかしながら、この東京五輪は、不運にも国際情勢の悪化により、返上の止む無きに至りました。

博士は、東京五輪にテレビジョンを導入するという構想を持ち、日本放送協会(現NHK)に協力しました。博士の播いた種は、1964年の東京五輪に結実し、その全貌はカラーテレビで全世界に伝えられました。

山本博士らの開発したテレビは機械方式と称され、走査線数に限界がありましたが、1920~30年代には電子方式に先んじて成果を示しました。

8wb_2 11wl

左図は早稲田式テレビの構成図です。左側が送信機、右側が受信機ですが、今日の眼からすれば何とも異様な感じがします。右図のテスト・パターンの映像です。
走査線数が60~100本ほどでしたから、粗いのは止むを得ませんが、それでも 漢字が読めるレベルには達していたのです。

9wt_210wr 左図は送信機、右図は受信機の外観です。ずいぶん大袈裟な機械ですが、当時としては技術の粋を集めたものでした。
この機材は、東京上野に在る国立科学博物館に現存・展示されています。受信した映像はスクリーンに投影するのですが、1m×1.5mの大きさが得られたと云います。

12ws_2 左図はそのスクリーンと受信機です。
博士らの開発した機械式テレビは、後発の電子式テレビに座を譲りましたが、パイオニアとしての功績は忘れさるべきでは有りません。
また、博士の薫陶を受けた学生からは幾多のテレビ技術者が生まれました。例えば、電気試験所技師の曽根有氏は「飛び越し走査」という基本技術を発明しましたし、ソニーの創業者・井深大氏はトリニトロン・テレビを実用化しました。

Photo 博士の遺徳を称え、早稲田電気工学会・有志による記念碑が雑司ヶ谷霊園の博士の墓に近接して建てられています。

博士は内閣調査局専門委員・東京女子大理事長・世界日曜学校協議会副会長なども歴任し、国際基督教大学の創立にも尽力するなど多方面に活躍しました。

1990年のNHKの朝ドラ 「凛々と」 は川原田政太郎博士をモデルにしたドラマですが、その指導教授として山本忠興博士が現れる場面がありました。(名前は変えていましたが)

                         <以下次号>

« No.109:日本科学未来館で「世界一展」を見る (2) | トップページ | No.111:雑司ヶ谷霊園を訪れました (2) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575020/59682439

この記事へのトラックバック一覧です: No.110:雑司が谷霊園を訪れました (1):

« No.109:日本科学未来館で「世界一展」を見る (2) | トップページ | No.111:雑司ヶ谷霊園を訪れました (2) »