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2014年6月17日 (火)

No.112:記念艦「三笠」を見学 (1)

A_002_a 先日、横須賀市の三笠公園に展示されている記念艦「三笠」を訪れました。老生は70数年も前、日米戦は始まっていない時期に、まだ小学生でしたが見学した記憶が有ります。
以来、日米戦、敗戦、戦後の混乱期・復興期を生き抜いて来ましたが、ふと想い付いて出掛けました。

戦艦「三笠」の名は、今日では一部の人々に知られている程度でしょうが、日本海海戦において露国のバルチック艦隊と交戦し、史上稀なパーフェクト・ゲームを勝ち得た連合艦隊旗艦でした。「三笠」の艦橋で指揮を執った司令長官・東郷元帥の名声は"アドミラル・トーゴー"として今もなお世界に轟いています。

「三笠」は1902年に英国ビッカース造船所で竣工した、世界最大級・最強の戦艦でした。1903年に連合艦隊旗艦となり、1904~1905年の日露戦争で活躍、1926年に記念艦として海軍横須賀基地に展示されました。1945年の敗戦により、米軍に接収されていましたが、1961年に至り有志の手により復元されました。その後は「三笠保存会」が維持運営に当たっています。

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「三笠」に就いては、あまり知られていないようですが、無線通信技術を逸早く導入して大勝利に導いたという史実が有ります。世界戦史における"電子戦"の嚆矢でした。
その事跡を確かめるべく好天を利して老生は出掛けました。 

188 記念艦のタラップを登り甲板から船室に入ると直ぐ右手に"無線電信室"が在りました。予想よりは狭い部室に無線機のレプリカと電信士の人形が展示されていました。また、廊下側の壁面には各種の説明パネルが見られました。
この無線機は36式無線電信機と云われ、日本の技術陣が、ほとんど独力で開発整備しました。イタリリア人マルコーが無線電信に成功したのは1895年、公表したのが2年後でした。この情報は世界に伝えられ、特に英国は七つの海を支配する大海軍国でしたから、軍艦への装備には熱心でした。
日本海軍も関心を持ち、英国に発注していた「三笠」などにマルコニー製品を装備することも検討したのですが、余りにも高価であり、断念したそうです。

185_2上図は「三笠」無線電信室の再現です。この無線電信機は木村駿吉・松代松之助らが主力となって開発・実用化に漕ぎ付けたものです。マルコニーの発明が伝えられてから数年の後に、世界水準を抜くレベルに達したのは驚くべき研鑽・努力というべきでしょう。
参考資料としては数頁ほどの雑誌記事だけだったそうです。もとより、実物を見ることも触れることもなかったのです。また、当時の日本の工業技術は未熟でしたから、被覆電線や開閉器のような基本的な部品素子の調達も容易ではなかったと推察されます。況してや火花放電のための高圧発生インダクション・コイルや受信波検出のコヒラー検波器などは研究者自ら手造りしたのではないでしょうか。 

186_2左図は、日本海海戦に先立ち、連合艦隊司令長官から、中央に送った有名な電文の写しです。暗号を含む全文カタカナです。何とか判読してみると次のようになりました。

「(アテヨイメス)ミユトノケイホウニセツシ(ノレヲハイ)タダチニ(ヨレヌ)コレヲ(ワケフラメル)セントス ホンジツテンキセイロウナレドナミタカシ」

括弧内は暗号(隠語)で、敵艦・連合艦隊・出動・撃滅を意味すると考えられます。
一般の史書では「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす。本日は天気晴朗なれども波高し」と漢字混じりの電文が掲載されています。カタカナ文の方がオリジナルであると想像されます。

壁面の説明パネルには、36式無線電信機の回路図が示され、各部の動作説明も記されていますが、現職の時には無線通信機の研究開発を担当した老生にも細部の理解は困難でした。なにしろ、半導体はおろか真空管さえも存在しなかった時代の技法ですから、基本の原理原則に照らし合わせて大要を推定するするに止まりました。

無線室から離れた処に「敵艦見ゆ 三笠受信」と題した絵画が有りました。電文を手にした通信士が長官に知らせるべく、ドアから廊下に飛び出した図柄でした。画家は伊藤幾久造と記されていました。
                           
<以下次号>

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