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2014年6月19日 (木)

No.113:記念艦「三笠」を見学 (2)

下図は三笠公園に在る記念艦「三笠」の全貌と、その前に立つ連合艦隊司令長官・東郷元帥の銅像です。
A_003_z この図は三笠保存会のチラシから採りました。公園内には各種のイベントが挙行され、屋台店なども多く、それらを避けての撮影が難しかったからです。蛇足を云うと、有名な「Z旗」が見られません。

次の図は甲板の一隅に設けられた記念撮影の場所です。

201艦橋に立ち、全艦隊を指揮する東郷司令長官と幕僚たちを描いたパネルの前で家族連れの方々が記念撮影をしていました。海軍士官の服装・装備を貸し出していました。子供のみならず成人の方も扮装しているのを見かけました。

次図は、艦内に飾られていた絵画の中で見つけた「三笠」の図です。

212 次図は「三笠」の全容を示す3Dグラフィクスです。主砲塔の形状や配置、副砲の位置などが読取れます。
D07

「三笠」の総トン数は 15,140トン、速度 18ノット、武装は 30cm砲 4門、15cm砲 14門、8cm砲 20門 で当時としては世界一流の戦艦でした。ただし、英国製です、未だ国内では製造できなかったのです。また、主砲が少なく副砲・補助砲が多いのは、当時の戦術思想だったようです。

D05_2 203_3
左図は有名な「Z旗」です。最後の決戦を意味する信号旗を掲げて将兵の士気を鼓舞しました。思ったよりも小さいモノだと感じました。この信号旗一つだけで、全艦隊に周知させるのは難しいでしょうから、別の連絡手段を講じたのでしょう。
右図は操舵室の復元です。司令長官の指示を受けて操艦を行った部署です。海戦史に名を残す「トーゴー・ターン」は、この舵輪の操作で成功を収めたのです。

以上の他にも、幾つもの興味を牽く展示品が有りました。例えば、戦況を記録したカメラ、これはフィルム・カメラよりも前時代のガラス乾板写真機でした。速写性など無く、事後処理も手間がかかりました、それでも前線の貴重な映像を写したのです。その外にはクロノメーターや測距儀なども目に付きました。また、連合艦隊のミニアチュア模型には愛好家らしい人々が熱心に眺めていました。

有意義な見学を終えての感慨ですが、日本の運命を賭けた日本海海戦も、その時の「三笠」の活躍も、また世界初の電子情報戦の主役を演じた「36式無線電信機」も風化しつつあるのではないか、と懸念されます。
初等教育の歴史において、「日本海海戦・東郷元帥・三笠」などの事跡に触れられなかった時代すらあったようです。
また、「36式無線電信機」の開発・整備・訓練などについては、「電気通信技術史」に類する書物にも殆んど記載されていません。老生の見聞の範囲では佐藤源貞博士の「アンテナ物語」が例外的に詳述しています。意外というべきか、司馬遼太郎の「坂上の雲」には海戦に当っての運用を記しています。これは小説ですが、史実に即しているものと思われます。どのような史料を参照したのでしょうか?

ともあれ、得るところの多かった見学でしたが、考えさせられる事も少なくない一日でした。

             <以上>

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