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2014年8月13日 (水)

No.114:夏目漱石公園を訪ねて (1)

先日、夏目漱石の旧居跡に造られた「漱石公園」を訪ねました。老生は嘗て、その近所に住んでいた事があるので、ふと思い付いて出掛けました。

3 Photo_2

所在地は東京都新宿区早稲田南町7番地です。公園のレイアウトは下記に示すとおりです。

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嘗ての夏目邸の敷地は、もっと広かった筈ですが、その一部が公園になっているとの事です。下記に嘗ての「漱石山房」の推定位置図を示します。両図を照らし合わせて見ると住居と庭の有った部分の土地の大半は所有者が変わってしまったようです。

2b

夏目漱石は一生に渉って借家住いだったそうです。この地の住居も例外ではなかったと思われます。それに、この付近一帯は、1945年5月25日の空襲で焼け野原となってしまいました。この公園は1991年頃から新宿区により整備されたそうですから、原型を完全に近く復元するのは難しかったのでしょう。

公園内には有名な「猫塚」が有ります。漱石の没後に遺族が飼っていた猫・犬・小鳥の供養塔として建てたものですが、戦災により失われてしまてました。現在の猫塚は1953年に復元されたものです。
猫塚に並んで「夏目漱石終焉の地」と記された掲示が在ります。その全文を次に示します。

「         新宿区指定史跡 夏目漱石終焉の地
所在地 新宿区早稲田南町7番地 指定年月日 昭和61年10月3日

この漱石公園一帯は、文豪夏目漱石が晩年の明治40年9月29日から大正5年12月9日に死去するまでに住んだところで「漱石山房」と呼んでいた。
漱石はここで「坑夫」」「三四郎」「それから」「門」などの代表作を発表し、「明暗」執筆半ばで世を去った。漱石死去当日の様子は内田百間の「漱石先生臨終記」に詳述されている。

また、漱石山房の様子は、漱石の「文士の生活」や、芥川龍之介の「漱石山房の秋」「漱石山房の冬」(ともに「東京小品」の中)などに克明に書かれている。
この石塔は俗称「猫塚」と呼ばれているが、これは「我輩は猫である」の猫の墓ではなく、漱石の没後遺族が家で飼っていた犬や猫、小鳥の供養のために建てたもので、昭和28年の漱石の命日に、ここに復元されたものである。

   平成3年11月              東京都新宿区教育委員会    」

Photo_2漱石の旧邸宅は跡形も有りませんが、間取り図とベランダの一部を復元した建物が在ります。

Rb_2 Photo_4 

平屋ですが建屋面積は約200㎡の堂々たるものです。ここに家族と住み、書斎で執筆し、多くの弟子が集い文学論議を交わしたのです。復元したベランダは間取り図の右下に相当する箇所の一部と思われます。どれだけ原型に近いのか、今となっては不明ですが、少々お粗末な感じを老生は抱きました。

                           <以下次号>      

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