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2014年8月15日 (金)

No.115:漱石記念公園を訪ねて (2)

漱石公園の一番奥に「道草庵」という小さな建屋が有ります。中には漱石の執筆した書籍、たぶん初版本でしょう、がケースに収められています。ほとんど傷んでない綺麗なモノが大半でした。漱石の作品は広く愛読されましたが、戦災により失われた分も少なくありませんから、新品同様の旧版を集めるのは大変だったと思います。

Photo B

建屋は狭く、4~5人も入れば一杯です。ウィーク・ディでしたが熱心な見学者が見入っていました。

記念公園に入って直ぐの左側に「漱石山房の記憶」と銘打った総括的な説明板が在りました。

101b

43 漱石公園に行くには地下鉄・東西線の早稲田駅が便利でしよう。同駅で下車、広い早稲田通りを神楽坂・飯田橋の方向に行くと、右手斜めに入る小路が有ります。その入口に「漱石山房通り」という標識が建っています。近くに正法寺というお寺が有り、これも目印になります。

この小路を歩いて数分で、右手に新宿区立早稲田小学校が聳えています。それから、少し行くと左手に待望の漱石公園が現れます。
因みに老生は、この早稲田小学校で学びました。1936年~1942年の間です。先生から、「この近所に夏目漱石という偉い作家が住んでいた」との話を聞いた記憶が有ります。しかし、当時は公園など無く、遺族の方も移転しておられたようでした。 

地下鉄・早稲田駅を出ると直ぐ右手にかなり広い道が有ります。この道は上り坂になっていて「夏目坂」の名が付いています。 また、「夏目漱石誕生の地」という記念碑と史跡指定の説明板が有ります。 

40 説明板の記載は下記のとおりです。

  「 新宿区指定史跡 夏目漱石誕生の地

    所在地 新宿区喜久井町1番地 
    定年月日 昭和61年10月3日

文豪夏目漱石(1867~1916)は、夏目小兵衛直克と千枝普差異の五男三女の末子としてこの地に生まれた。
夏目家は牛込馬場下横町周辺の11ケ町をまとめる名主で、その勢力は大きく、喜久井町の名は夏目家の家紋「井桁に菊」に因み、また夏目坂は直克が命名したものだという。

漱石は生後間もなく四谷の古道具屋に里子に出されたが、すぐ生家にもどり、2歳の11月に再び内藤新宿の名主塩原呂之助の養子となり、22歳のとき夏目家に復籍している。
なお、この地での幼少時代のことは大正4年に書かれた随筆「硝子戸の中」に詳述されている。

また、この記念碑は昭和41年に漱石生誕百年を記念して建立されたもので、文字は漱石の弟子安部能成の筆になる。

    平成3年11月              東京都新宿区教育委員会  」

Photo_4 左図の「漱石誕生の地」碑石および説明板は狭い歩道の一隅に建てられ、店屋に近接しています。
撮影にあたり、いろいろとカメラ・アングルを変えてみたのですが、思うように行きませんでした。

夏目漱石の旧居跡および遺跡は東京都内に数箇所は在るようです。
また、熊本・松山などにも数箇所もあって観光名所になっています。さらに名古屋郊外の明治村には、東京・本郷の旧宅が復元されています。

老生は幼少期に10年ほど、20歳台前半に数年ほど、早稲田の地に住み、しかも漱石の旧宅・遺跡には極めて近い場所でした。
その頃は「知る人ぞ知る」という程度の存在だったのですが、近年に至り、新宿区の手により整備されたのは慶賀すべき事と思われます。

老生は、ふと思い立って探訪し有意義な一日を過ごしました。

          <以上>

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