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2016年1月 9日 (土)

No.140:海賊版秘話:忘れ去られる戦中・戦後史の一断面 (1)

「海賊版」というと大部分の方は、開発途上国が先進国の知的財産を無断でコピーしたモノ(多くは出版物)を想起するようです。先進諸国は違法であるとして、途上国政府に取り締まりを要請するのですが殆んど効果が無いというイメージでしょう。

ところが太平洋戦争中から戦後にかけて、日本国でも学術書の海賊版はかなり盛んに行なわれました。老生が学業を終えて、開発技術者の世界に入ったのは戦後ですが、海外技術書の海賊版から多くの知識を得て、モノ造りに没頭した経験を持ちます。このよう経験を持つ人は、今や80歳を超えていますから、この事実は後世の人々に伝えられることなく埋没してしまうのではないかと思われます。そこで、記憶をたどりつつ、小文に纏めました。

「戦時下の海賊版理工学書」

1941年の太平洋戦争の開戦により、海外とくに米英からの技術情報は途絶し、日本の産業界は危機に襲われました。戦前は欧米から情報を得、それをアレンジして産業を成立させていたからです。換言すれば、タネを欧米から得て、それを消化して国産化を図るのが常態でした。ゼロから出発して実用機材を量産するシステムを構築したという例は殆んど無かったのです。

上記の二番煎じ的手法で、鉄道や建築などは比較的早く国際レベルに達しましたし、艦船・航空機などもカタログ・データ的には世界水準に達した例も有りました。ところが、電子技術や合成化学などの分野は欧米先進国でも研究開発を推進している最中でしたから、その分野のタネ(情報)の途絶は軍部・産業界にとって致命的でした。

しかも一方では、軍事産業は急膨張し、その分野の研究・開発・設計・生産に関る人材の増員・養成が急務となりました。ここにおいて、窮余の策としてそれまでに入手できた海外の技術論文・資料を複写して関係者に研鑽させました。また開戦後も中立国を経由し、あるいは戦場で押収した資料が細々ながら入手されたものを、やはり複写して利用したのです

老生は戦後に大学生になりましたが、戦時中に流布した復刻書を利用する機会は何度も有りました。記憶を辿ると「ヤンケ・エムデの関数表」「バーローの数表」や「ストラットンの電磁気理論」などが浮かびます。前2著はあらゆる工学・技術の分野で設計計算の際に活用されたと思われます。後著はマイクロ波の研究者・技術者にとっては必読の書とされていました。

書籍や論文の形態でなくても、断片的な資料・情報でもでも重要視された例が有ります。開戦初期にシンガポールの英軍基地の焼却場で発見された「ニューマン文書」なるノートブックはその例です。これは英軍でレーダーを扱った下士官の手書きメモ・ノートでした。当時の日本軍にとっては貴重な資料で、直ちに複写・翻訳され機密文書として限られた関係者のみに配布されました。余談を云うと文中の"Yagi Array" なる語が判らず、当のニューマン伍長に尋問したところ、八木秀次博士が発明した「八木アンテナ」であると指摘されて愕然としたという裏話が残っています。

「戦後の海賊版理工学書」

1945年の敗戦後、鎖国状態だった世相にも海外の情報が少しずつ入って来ましたが、それにより欧米との格差を知って愕然としたのは、科学・技術系の人たちでした。彼等は戦時中から彼我の科学・技術・生産の格差を察知していましたが、戦後になって詳細に実態を知るようになり、呆然・慄然としました。

一刻も早く、追い付かねば日本に未来は無い、と多くの人々は研鑽努力の決意を固めました。とは云うものの、徒手空拳で暗中模索を続けても殆んど成果を期待できません。やはり、何としても先進国の情報を得て学ばなければならなかったのです。そこで、あらゆる手段を尽くして海外情報入手に務めたのです。しかし、それは容易では有りませんでした。

例えば、戦後期に出版された著名な電子工学の専門書として、米国マサチューセッツ工大の放射線研究所が編纂したシリーズが有りました。これは戦時中のレーダー開発の集大成であり、全27巻という膨大なものでした。電子工学の研究者・技術者にとっては金科玉条ともいうべき貴重な資料だったのです。

ところが、1冊の価格が30㌦ぐらいであり、当時のレートは360円でした。これを丸善などの書店を通じて購入すると、輸送料・手数料・関税などの関係で、約500円ほどにつきました。つまり、1冊が15000円ほどもしたのです。この価格は現在でも、個人で気安く買える値では有りませんが、当時の大卒初任給が10000円を切っていましたから、遥かな高値の花でした。

いや、企業でも図書費などに回す予算は殆ど無く、老生が勤務した中小企業ではでは2カ月に1冊のペースで購入をやっと承認された程です。この調子では全巻を揃えるのに4年以上もかかる計算でした。後に知った事ですが、老舗の某大企業でも通産省の補助金を貰って、やっと全巻を揃えたそうです。全部で40万円ぐらいの筈ですが、当時は名門企業でも自社の予算では賄えなかったのでしょう。

                             <以下次号>

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