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2016年1月11日 (月)

No.141:海賊版秘話:忘れ去られる戦中・戦後史の一断面(2)

戦後の数年間、米国の占領政策の一環として設置された図書館(CIE図書館と称しました)が日比谷に在りました。ここには、科学技術の専門書も有りましたので、大学や有力な組織に属していた研究者は日参して筆写したそうです。今のような手軽に使える複写機などはなく、写真機材も不十分でしたから、手書きせざるを得なかったのです。

また、次第に官界や学界の方々の渡米・渡欧が可能になり、彼等は海外から学術書を持ち帰るようになりました。それを聞き伝えたメーカーの技術者は、宝物拝見とばかり参上して筆写または写真撮影をさせて貰いました。老生も何度か経験が有りますが、今日のような高機能の撮影機材が無かったので、それなりの工夫や苦心が有りました。また、撮影後の処理(現像・引伸しなど)は自分でやりました、業者に依頼して、万一紛失などするのを恐れたからです。

こうして得た資料写真は鮮鋭度が低く、眼が痛くなるような仕上りでした。それを不十分な語学力で読み解き、実験・試作・設計という具体的業務に
繋げるのですから、容易なことでは有りませんでした。

上記のような状況が数年間続いた後に、それらの学術書をレプリントしようとする動きが出て来ました。有用な原本をすべて複写し製本して、「そっくりさん」を再現するわけです。これが主題の海賊版理工学書です。当時の印刷・製本の業界レベルで充分に可能でした。

大学の研究者などが価値ある専門書を選定し、これに基づいて業者が作製したものを全国の大学・研究機関・メーカーに通知し配布(有料)するルートが自然発生的に構築されて行きました。
こうして出来たレプリント(海賊版)の価格は数百円ぐらいでしたから、個人でも買える価格でした、編者の知る限りでは1950~1960年ぐらいの時期に活動した研究者・技術者の殆んどが利用したと思われます。

このような一連の行為は、公然と出来るわけではありません。当時でも著作権法は存在していましたから、いわば非合法の秘密出版であったわけです。当然、相応な業者が引受ける筈はなく、かなり怪しい業者に頼むことになりますし、流通ルートは紙切れ1枚の案内か伝言、指定の場所に現金を持参しての取引でした。
このように記すと、何やら超ハードなポルノグラフィの秘密出版を連想されるかも知れませんが、その内容を別にすれば、出版・流通の手法は似通ったもののようです。もっとも世相は未だに戦後の混乱が収束せず物情騒然としていた頃ですから、このような文化的犯罪?などは誰も気にしないのが実態でした。

ただし、当時の公安当局は暴力革命を意図する極左勢力の動きに眼を光らせていましたから、時に誤解されて印刷所に踏み込まれた、と云うケースは幾つか有ったようです。捜査員らに横文字の高度の専門書が判る筈もなく一度は押収されましたが、暫く後で返還されたそうです。テロリストの秘密連絡文書とは違う事が判ったからです。

「後日談・その他」

上記した海賊版理工学書の全盛期は1950年代だったと記憶します。1960年代に入ると官公庁・研究機関・企業が原書を購入する余裕が生じて来たからです。また、海外の出版社と契約して安価なアジア版を売り出す業者も現れました。(これは大学の教科書的なモノが多く高度の専門書では有りませんでした。)

老生の記憶では、最後の海賊版はトランジスタに関する書物でした。下記の3著は代表的なものでした。
   "Electron and Holes in Semi-conductors"
   "Principle of Transistor Circuit"
   "Semi-conductor Technology"
トランジスタの出現は当時の電子技術の世界では、驚天動地の出来事でした。特に量子物理学を知らねば理解・応用できぬという説が囁かれて、真空管回路を基幹とした電子技術者は恐惶を来たしたものでした。

暫くして、この説は行き過ぎだと判りましたが、従来の真空管をトランジスタに単純に置換することはできない、というのは冷厳な事実として認めざるを得ませんでした。
そこで、上記の書物は多くの職場で輪読されたものです。この他にも雑誌 "electronics","RCA Review"などの記事は競って読まれました

1960年頃ななると、職場の図書予算に余裕ができて原書の購入が楽になりましたし、使い勝手のよい複写機が職場に配置されるようになりました。それですから海外専門書を1冊買い、必要な箇所をコピーして使うという様式に移行したので、海賊版の存在理由は減少しました。(一般に専門技術書は、必要な部分を参照することが多く、教科書のように全ページを読み通すことはしないものです)         <以下次号>
         


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