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2016年8月15日 (月)

No,156:「昭和一桁生まれ」の妄言多々(4)

8月15日が巡ってきました。1945年のその日、老生は学徒動員された光学兵器工場の一隅で「終戦の詔勅」を聞き、愕然・呆然とし、虚脱感に襲われました。その時の衝撃は71年を経た今日でも鮮明に覚えています。
当時、老生は中学4年生(旧制度 当時は5年制)でした。旧い記憶を堀り起して、開戦から終戦に至る小中学生の生活について記してみます。

「戦時体制下の中学生」

1.英語の授業は廃止されたのか?
識者・文筆人のエッセイなどで「戦時中は英語教育は禁止された・・・」という意味の文を見かけることが有ります。また、テレビ・ドラマなどで、それを裏付けるようなシーンを散見します。
しかしながら、「禁止された・・・」は事実では有りません。確かに世の風潮として「敵国のコトバを学ぶとは何事だ、彼らに日本語を学ばせるのだ・・・」という雰囲気は有りましたが、政府が禁止を通達した事は有りません。
老生は1942年4月に中学1年生になりましたが、英語の授業は週に6時間も有りました。主要学科とされた
国語・数学でも各4時間でしたから、如何にウエイトが高かったが判ります。
一方、
軍事教練が課されていましたが週に1時間でした、これに体育の2時間、武道の1時間を加えても4時間に過ぎませんでした。つまり軍事教育や関連する体育系の学科よりも重視していたのです。
さらに2年次には英作文1時間が、3年次には英文法1時間が加わりました。つまり、英語に関る授業は週8時間も有ったのです。
もっとも、このような実態は都会の進学校の一部に限られていたのかも知れません。戦後、大学に進んだ時の同級生の話では、殆んど英語の授業は無かったと語る人もいました。
その話によると、英語の授業を軍事教練に振り替える、というケースが多かったようです。地方では在郷軍人会の勢力が強く、また知識階層の人が少ない、などの背後事情が有ったようです。
しかし、このような処置は文部省からの正規の指令に基づくものではなかったようです。

2.学徒動員、それは強制労働か?
1944年後半頃から、悪化した戦況に対応して、中学生以上の生徒は軍需工場で兵器の生産に関る事態になりました。いわゆる学徒動員です、こうなると、一切の授業が閉鎖されました。国語も歴史も、重点科目とされた理数系の科目も例外ではありませんでした。
このような事態を、ある識者は「工場で強制労働をさせられていた」と書きました。ここで老生は"強制労働" というコトバに引っ掛ります。戦後に
旧ソ連が、多数の邦人をシベリヤに抑留し過酷な労働に従わせ犠牲者が続出したという事跡が有りますが、このような事態こそが"強制労働"あって、学徒動員に、このコトバに該当しません。
老生は、中学3年の後期ぐらいから、動員学徒として兵器工場で働かされました。特筆に値するのは健康管理に留意していた事です。レントゲン検査により、問題の有る生徒は軽作業もしくは事務に回されました。実働8時間で無理な残業を求めることは有りませんでした。さらに、月50円の報酬が出ました。この金額は下級サラリーマンに匹敵するものでした、ただし、半分は献金として召し上げられました。老生の父親などは、未成年の学生が、そんなに貰って良いのか、と云っていました。
このような実態でしたが、やはり地域差や職場による差は有ったようです。また、学生の本分である勉学を棚上げさせられたのは事実ですから、某氏が強制労働と云いたくなった気持ちは理解できないことは有りません。

3.物理・化学の教科書の大変革、ドイツの猿真似か?
ドイツ軍が欧州大陸で猛威を振るった根底には科学教育の徹底が有るという妄信が広がり、実験を重視する方針に変わりました。学科の名称も"物理"が"物象1"に"化学"が"物象2"と変り教科書も一変しました。
その記述は、「××をして見よ。これで何が判るか」という文のオンパレードでした。つまり、多くの法則・原理を予め教えず、実験によって発見させる、という方針が貫かれていました。
しかしながら、このような手法で所期の成果を得るには、実験設備・機材の充実と、経験豊かな指導教員が必要です。
そもそも、物理・化学の法則・原理は一代の碩学が生涯を賭け、さらに多くの追試者がいて確立したものです。それを未熟な学生が予備知識も無くに、不十分な設備と経験の乏しい教師の下で試行しても限られた時間で予期した成果が得られる筈は有りません。
おそらく、この教科書の著者は自ら実験して、その難易を測る事もせずに執筆したのでしょう。もっとも、この教科書に沿う授業が広まる前に工場に動員される事態に至りました。それ故か、この教科書の存在を知る人は極めて少ないようです。

                 <以下次号>

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