無料ブログはココログ

« No,156:「昭和一桁生まれ」の妄言多々(4) | トップページ | No.158:「教養談義」に潜む「文高理低」の陋習 »

2016年8月21日 (日)

No.157:「昭和一桁生まれ」の妄言多々(5)

「戦時体制下の小学校」

1. 小学校から国民学校へ
1941年に国民学校令が施行され、それまでの小学校が国民学校と名称が変りました。
「皇国の道に則り、初等普通教育を施し、国民の基礎的練成を為す」と云うのが趣旨でした。戦時体制に相応しい人材を育成を目指し、且つ民心を引き締めようと期待したのでしょう。
これより前の1938年に同盟国ドイツから"ヒトラーユーゲント"と称する少年団のメンバーが来日しました。ドイツでは10~18歳の青少年の加盟が義務付けられ、身体の鍛錬・準軍事訓練・祖国愛などが集団活動を通じて教え込まれていたのです
Photo_2 左図は一例を示す写真です。彼らの健康的でキビキビした自律性のある行動を見せ付けられた政府要人、とくに軍幹部はすっかり魅了されてしまったのです。
その影響の一つが国民学校令の制定・施行でした。

2. 模型飛行機が教材に:ヒトラーユーゲントの置き土産
第二次大戦の初期にドイツ空軍は欧州全土に猛威を振るいました。第一次大戦での敗北後、短期間で強力な空軍を再建したのは、少年時から模型飛行機などを介して航空機に関する教育を徹底して行ったからだと云われました。
来日したヒトラーユゲントは、その一例として"ユング・フォルク"という模型グライダーを提示したのです。
Z_2左図はその外観です。これを見た当局は、日本も国民学校の教材として模型飛行機・グライダーを導入することになりました。
ただし、このモデルは如何にもドイツ的な設計でした。武骨で頑丈、造り易く保守も楽ですが、空気力学的には洗練されているとは云えませんでした、恐らく、航空機についての啓蒙を意図し、低辺層を広げるのが狙いであったのでしょう。これはこれで立派な設計方針なのですが、日本人の好みには合いませんでした。
比較のために、当時の多くの模型航空マニアが造り飛ばしたモデル"G-1"型の図を示します。
G1_z_2 一見して判るのは細長い主翼です。高アスペクト比で高性能を狙った設計です。構造も複雑繊細でしたから、造るのは難しく、保守も楽では有りませんでした。
要するに中級以上のマニアに適する設計でした。これも一つの考え方ですが、ドイツ流とは全く違う設計思想でした。
なお、日本の教育界は、模型造りなどは遊びとして排除される風潮がありました、彼らの来日を機に一変しました。

3. 中学入試学科試験の廃止:軍人文相の暴挙
1940年頃、突如として旧制中学の入試において学科試験を廃止するという方針が出されました。当時の文部大臣は荒木貞夫という陸軍大将でしたが、「小学生に受験勉強を強いるのは体格・体力に悪影響があり、将来の兵士の戦力が低下する」という暴論を唱え強行したのです。

Photo老生らの年代の小学生は、中学受験対策として、算数や国語の難問 に挑戦していましたが、一遍の通達で廃止されたのです。代って体力検査・口頭試問・小学校からの内申書による判定になったのです。
当時は、学業に秀でた者は体育が苦手、その逆に体育が得意の者は勉学は振るわぬ傾向が有りました。それですから、この施策は名門校を目指して勉強していた受験生にとっては、梯子を外された上に別の難問が課せられたわけです。
かく云う老生も体力勝負には、全く自信がなく、困惑しました。それで、先生の指導により、体力検査の厳しくなさそうな、口頭試問で学業成績を評価してくれそうな中学を受験し、幸いに合格しました。同級生の中には、受験校の選定が適切でなく、老生よりも成績は良いにも関わらず、入試に失敗した人が何人もいました。 

上図は老生が通った小学校です。関東大震災の後に耐震・対火を考慮して造られたモデル校でした。新進の建築家の設計になり、1928年の完成時にスチーム暖房・水洗トイレが完備していました。この校舎は東京空襲の時には避難所にもなりました、そうして今も尚健在で小学校として児童が学んでいます。
                         <以上>

« No,156:「昭和一桁生まれ」の妄言多々(4) | トップページ | No.158:「教養談義」に潜む「文高理低」の陋習 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

私は昭和14年生まれ、終戦翌年の小学校(国民学校)入学で、戦前の記憶はほとんどありません。それだけに自分の生まれた時代に多大の興味があり、つとめて当時の書物や映画に接しています。先日、DVDで映画「翼の凱歌」を見たところ、学校生徒が模型グライダーを作っている場面があり、その形からみて「Gー1型」と推定しました。私は模型飛行機も作るので、G-1の図面が欲しくなり、捜しているうちに貴ブログに出会った次第です。
 戦時中と時代が変わったとはいえ、現在のわが国では模型グライダーはほとんど絶滅してしまったようで、淋しく思います。
 また、中学入試での学科試験の廃止は初めて知りました。勉強になりました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575020/64090233

この記事へのトラックバック一覧です: No.157:「昭和一桁生まれ」の妄言多々(5):

« No,156:「昭和一桁生まれ」の妄言多々(4) | トップページ | No.158:「教養談義」に潜む「文高理低」の陋習 »