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2016年12月13日 (火)

No.159:理系人の世界を活写した吉村昭 作品 (1)

Photo_5 吉村昭氏の作品は歴史小説または記録小説と呼ばれるカテゴリーに属しているようです老生は氏の作品に魅せられて、かなり多くの作品を読んだ心算です。その中でも好きなのは理系の世界を活写した作品群です。

殆んどの作家諸氏が採り上げない理系の世界をテーマにした力作を何篇も発表した氏は稀有な存在と云えるでしょう。
老生が愛読した氏の名作の幾つかを選び、私見の開陳を試みます。

「零式戦闘機」
老生が最初に読み感激した作品です。栄光の戦闘機「零戦」の誕生から悲劇的な結末に至る物語で、主任設計者・堀越二郎の鏤骨砕身の研鑽と心情を活写しています。
例えば、零戦の試作機が飛行場に曳き出され、試験飛行に飛び立つシーンの臨場感や設計者の緊張の様子の描写は素晴しいと思います。ジュラルミンの機体が陽光に輝きエンジンを始動した時に、「それらは単なる無機物ではなく生命を与えられた生き物であった・・・・・」という文章は読者に感情移入を齎します。
Photo_6
さらに、「堀越らは、まばゆく光る実機の構造物に一つの生命が誕生しつつあることに、胸のうずくような感動を感じ続けていた。彼らにとって、それは"物"ではなく、生命の宿り始めた一つの生き物として感じられていた。しかも、その姿は優美で、内部に精密な機能が豊かに秘められている。それは未完成ながら気品のある生命と感じられた」との文も有ります。

設計者らが膚身に感じながらも、コトバになし得ない感激の情感を、作家は的確に察知し、それを文章化したわけで、氏の洞察力と表現力を痛感させられます。

また、零戦の卓越した操縦性の秘密として「操縦索の剛性低下方式」が有ります。これは戦後に堀越氏が学位を得たほどの高度の技術ですが、氏は小説の中で簡にして要を得た説明を記しています。吉村氏は高度の技術内容を理解消化した上で、一般読者にも判り易く文章化しているのに感心させられます。

零戦については、数多くの書物が発表されていますが、それらは実戦での活躍を記した戦記モノか、設計開発の経過を示す開発物語です。これらは、熱心な読者層を持っているようですが、一般の読書人の関心は少ないようです
この作品は一般的な読者の多い「文芸春秋」に発表されました。このような世界には不案内であった多くの人々に、苛烈な技術開発の世界と、そこに情熱を賭ける技術者の心意気を活写して見せた意義は大きいと老生は愚考します。

蛇足:零戦の設計方針について、海軍には操縦性・格闘性を重視する意見と速度・航続性能を強調する意見があり、相容れなかったと記されています。これらの性能は相反関係にあるので設計者は、優先順位を求めたが、遂に双方の意見は対立したままで海軍側の上級職は裁定することなく設計者に丸投げされたのです。今日の「決められない政治」を想起させられる一挿話です。

                  <以下次号>



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