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2017年1月 9日 (月)

No,162: 理系人の世界を活写した吉村 昭の作品 (4)

「紅の翼」

Photo この作品は、日本で初の動力付き有人飛行機の開発に尽くした"二宮忠八"の生涯を詳記しています。

鳥のように大空を飛びたい、という夢を人類は古くから持っていました。英人ケイリーはグライダーの基本的形状を1800年代に提唱し、独人リリエンタールは有人グライダーを製作し自ら飛行実験を重ねました、1800年代末の頃でした。

日本に於いては、岡山の表具師・幸吉などの伝説的な話は伝えられていますが、本格的な研究を行い、あと一歩まで迫ったのが二宮忠八でした。
吉村昭の標題の作品は、二宮忠八の伝記を小説化したもので、彼の飛行器(忠八はこの字を使いました)開発に賭けた情熱・苦闘の様子を中心とした物語を展開し、同時に当時の社会環境・家庭生活・実業家としての活躍をも活写して、読者に深い感銘を与えます。

忠八は1866年に愛媛県西和島群の海産物問屋の4男として生まれ、秀才として知られていましたが、生家の没落で進学することなく、陸軍を志願して看護卒(後の衛生兵)の道を選びました。当時は能力も意欲もあるが経済的に恵まれない若者にとって兵役に就くというのは、選択肢の一つでした。そこでは、苛酷な訓練や厳しい上下関係は有りますが、努力と運により昇進の可能性が有りました。また、看護卒を選んだのは、純粋の兵士よりも特殊技能者に魅力を感じたのでしょう。
忠八は幼少時に凧造りの名手でしたから、大空への関心は強かったと思われます。1889年の野外演習の折に、鳥の滑空に着目して飛行器の発明を意図しました。軍の病院に勤務しながら、自宅で薬学と飛行器の研究に没頭したのです。

忠八は鳥や昆虫の飛行を観察し、遂に「飛行の原理」に到達しました。それは、"翼を固定して進行方向にある角度を持たせると、滑空が可能となり、さらに水平方向に推進力を持たせれば、上昇飛行が可能になる"、という内容でした。これは世界の先端を行く発見でした。
彼は、その原理を実証すべく、模型飛行器を自作し、見事に成功しました。1891年の事です、これは世界初の快挙でした。この年に彼は結婚しましたが、新婚の妻を伴い薄暮の丸亀練兵場で試験飛行を行ったと、吉村昭は記しています。

当時は模型材料店もホームセンターも有りませんでしたから、材料そのものまでも自作しました。動力のゴム紐には医師の使う聴診器のゴム管を細く割いて使いました。聴診器は全て輸入品で高価なものでしたが、忠八は乏しい給与の中でやりくりしたのでしょう。
この模型飛行器は「烏型」と名付けました。今日、そのレプリカは市販されていて、立派に飛行するそうです。

次いで忠八は有人の飛行器を計画し、「玉虫型」と称する飛行器を設計し、実物大の機体を製作しました。翼幅 5.4m, 総重量 450kg,の機体で今日の超軽飛行機なみと見られます。この機は操縦系統を備えた画期的な設計でしたが、ネックは動力機関でした。石油発動機(後のガソリン・エンジン)が有望視されましたが、国産品は無く、忠八の技術力をもってしても自作は困難でした。
何とかして中古の輸入品を手に入れようと画策している時に、決定的な事態が伝えられました。それは米国のライト兄弟が遂に有人動力飛行機を造り、飛行に成功したと云うニュースでした。1903年の事でした。
ここに至って、忠八は長年の夢であった飛行器の開発を断念しましたが、航空神社を創るなど航空業界への関心は持ち続けました。

後に忠八の業績は認められ、1925年に逓信大臣から表彰状を、翌年には帝国飛行協会より感謝状を受け、また勳六等瑞宝章を授けられました。
忠八は世の発明家に多い超俗的な人ではなく、家庭を大事にするバランス感覚を持っていました。また、製薬業界でも活躍して開発に経営に手腕を示す一方で、日本薬学会の総会で学者・研究者を前に学術講演を行うほどの評価を得ました。
彼が、学歴を持たず研究組織に属さずに、独学で「飛行の原理」を発見し、ライト兄弟に迫る成果を示したのは素晴しい事でした。

「ブロガーの蛇足」
老生は約80年も以前に小学校の教科書で学んだ記憶が有ります。長じてからも、"航空史や技術史"の類で忠八の伝記・業績をかなり読みました。しかし、吉村の作品はそれらを凌ぐほどに詳細を極め、且つ人間模様が活写されている出色の記録と感じます。

                      <以下次号>

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