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2017年4月27日 (木)

No.169: 「忖度」 についての妄言

「忖度(そんたく)」というコトバは、日常生活では殆んど使われないと思われます。それが俄かにクローズアップしたのは、関西の某教育事業家が学園の土地取得に関して何やら政治的な裏取引があったのではないかと云う疑惑がキッカケになったようです。
その事件の詳細については、連日のように新聞・放送が報じていますから、老生如きが口を出す心算は有りません。
本件は、実務に当たった官僚が、より上位の立場の人々の思惑を推量して、具体的な指示がなくてもその意向に沿うように処理したのではないか?これは汚職収賄ではないのか?というのが話題の核心のようです。そうして、下位の官僚が上司あるいは背後に在る権力者の意向を察知・行動する事について「忖度」というコトバが頻繁に登場するようになりました。

このコトバは一般市民は殆んど使いませんが、官僚の世界では日常的に使われているそうです。テレビのコメンテーターとして登場した元キャリヤ官僚氏は、そのように解説していました。元官僚氏は、入省以来、「上司の意向を忖度するように」と絶えず教え込まされた」と明言していました。
老生は、民間企業に数十年勤めましたが、その間に「現在のポストより一段高いポストに在るとして思考・提言・行動せよ」と云われ続けました。この教訓は表現は違いますが、官僚の世界で上司の意向を忖度せよ、と云うのと実質的には同じではないかと愚考します。

官民を問わず、組織において上意下達は原則ですが、上位職に在るものが、職務すべてに通暁して細部に至るまで的確で具体的な指示が出来る筈は有りません。 それですから下位職の者は大枠という形で指示された業務を実現するために細部の実行案を作って推進するのが普通です。そうして、この際に実施手法については、上位者の承認を得るケースと、そうしないケースが有ります。その判断は、上司と部下の関係による阿吽の呼吸によるのが普通です。
このような業務様式が、官僚の「忖度」であり、企業における「一段上の立場にいるものとして振舞え」、と云う事だと理解しても誤りではないでしょう。そうして、一連の関り合いが過不足無く遂行されるプロセスが組織の慣習として定着しているのです。

「忖度」というコトバは辞書を見れば「他人の心中を推し量ること」と示されているだけです。また、官庁内で要望される「忖度」や民間企業における「上位の立場に立って思考・提案・行動せよ」という教えも、正当な教訓です。しかしながら、このように計らえば、上司のお気に召すであろうと気を回して過剰な反応・行動をすると物議を醸すことも生じ得ます。今回の騒動は、その好例であるように思われます。

「忖度」と云うコトバについて老生は小学生の頃に知っていました。それは明治時代のジャーナリストである黒岩涙香氏の作品を介してです。 涙香氏は「萬朝報」なる新聞の創刊者であると共に、海外の探偵小説(今の推理小説)の紹介者でも有りました。氏は多くの翻訳・翻案を発表しましたが、名探偵が推理して事件の全貌を解明する最終章を「忖度」と銘打ちました。小学生であった老生は、そのコトバが判らず母親に尋ねたところ、「推し量る」と云う意味だと教えてくれたのです。
後年の多くの作者は「大団円」あるいは「解決篇」または「謎は解かれた」などと表現しましたが、涙香氏は「忖度」と云うコトバで簡明に記したのです。
こんなわけで「忖度」と云うコトバは、70年近くも老生の頭脳の片隅に眠っていたのが、今回の騒動で思い出すことになりました。

少し、観点を変えます。老生は歴史小説・時代小説の類をかなり読みます。その中で印象に残っている話で関連の有りそうな事例を記します。
徳川幕府の初期に老中(今の閣僚に相当)として辣腕を振るった松平伊豆守信綱は「智恵伊豆」と評される逸材でした。当時の人々は、彼の性向を「云わざるに察し、令せざるに行う」と評したそうです。
最高権力者が、考えを口外しない前に推察し、具体的な指示の出ない前に先回りして手を打つ、という程の意味です。信綱は能吏の典型とされました。確かに過不足無く事が進むならば、権力者にとって、こんなに有能な部下は得がたいと感じるでしょう。
小説の世界ですが、不平浪士を糾合して幕府の転覆を企んだ由井正雪の陰謀を察知し、暴発直前に事を収めたのも、信綱の手腕とされています。
悪い例では4代将軍の治世に悪名高い「生類哀れみの令」が発布されました。この法令の基本思想は常識程度の内容であったのが、実施段階の細則に及ぶと苛酷非道なものに変容したと云われます。それは、下位の俗吏が権力者の意向を過剰に忖度した結果だと云われています。この時、この行き過ぎに歯止めをかける官僚はいなかったようです。

「忖度」について、思い浮かべるままに駄文を弄しました。
                <以上> 

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