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2017年7月29日 (土)

No.178: 乱れたコトバの氾濫

"コトバの乱れ" は何時の時代でも存在したもので、それを指摘・論難する識者も絶えることは有りません。
しかしながら、近時の "コトバの乱れ" は特に甚だしいものがあるように老生には思われます。老生は、国語や言語については全くの門外漢ですが、気が付いた「迷言・珍語」の類を俎上に乗せた駄文を披露します。

1. 「いさぎ悪い」
ラジオのニュース解説で、某コメンテーターとやらが、稲田防衛大臣の辞任を論評して「いさぎ悪い」態度だと、云っていました。 これを聞いて仰天しました。論者はたぶん「潔い (いさぎよい):悪びれない・潔白である」というコトバの反対語の心算で言ったのでしょう。意図は判りますが、正しい日本語とは受け取り兼ねます。「いさぎ良くない」とでも云う方がまだ増しのように思います。

2. 「耳ざわりが良い」
これもラジオだったと記憶します。某識者が多用していました。意味するところは "聞いて気分が良くなる" "良い噂・評判" と云うほどのようです。だが、待った。 「耳ざわり」と云うコトバは「耳障り」であって、その語のみで、"聞いて不快になる" "悪い噂・評判" と云う意味が有るのです。
誤用した人は、「耳ざわり」を「耳触り」と勘違いしたのでしょうか。それならば、単に耳に入った話というわけで、"良い" "悪い" と云う判断を付加したのでしょう。
しかし、「耳障り」と云うコトバは、既にマイナスの意味を持ちますから「耳障りが良い」と云うのは論理矛盾で、誤用というべきです。

3. 「飛行機を運転する」
これもラシオで聞きました。某女性タレントとアナウンサーの対談で、タレント氏が乱発していました。自動車や鉄道車両などの陸上の乗物ならば "運転" ですが、三次元の空間を飛ぶ飛行機では、"操縦する" と云うのが妥当です。
水上の艦艇などでは、"操艦する" "操船する" と云います。メカを操作して乗物を意のままに動かす、と云う行為ですが陸・海・空での使い分けが有るのです。
因みにアナウンサー氏は、特に訂正もせずに相槌を打っていました。アンウンサー氏も明確には知らなかったのか、相手の立場を考慮して不問に付したのかは、判りませんが。

4. 「勝手なお世話」
テレビで某大物ジャーナリストがニュース解説的な番組で発言していました。意味する内容は "頼まれもしないのに、上から目線の口出しをする" というほどのようです。しかし、それならば「大きなお世話」と云うべきではないでしょうか?
この方は精力的に世界各地を駆け巡り、そこで収集した豊富な情報を判り易いコトバで解説・論評する事で有名ですし、教養の必要性を説く論客でも有ります。その氏にしても、このようなコトバを吐くとは驚きでした。まことに正しいコトバ遣いは難しいものです。

6. 「撮影を撮る」
ラジオで、各国の美術館・博物館が見学者の写真撮影にどのように対応しているか、という対話で某氏が発言していました。話の要旨は、海外の美術館・博物館では観衆の写真撮影を禁止していない処が多い (特別な展示品だけを禁止している例は在るが)。
ところが、日本の美術館・博物館は全面禁止の処が多い。これは一考の余地があるのではないか? という事でした。
ところが、この際に「撮影する」あるいは「写真を撮る」と云うべきを「撮影を撮る」と発言していました。何かの錯覚かとも思われますが、何とも奇異に感じました。
さらに云うならば、聞き手のアナウンサー氏は鸚鵡返しに同じコトバを発していました。

7. 「めっちゃ痛んだら・・・・・」
某新聞の投書で見つけました。投書者が何かの疾患で医師の診察を受けた時に、若い医師に云われて、信頼感を失ったとの文面でした。
「めっちゃ・・・・」というコトバは、お笑い芸人の類がテレビのヴァラィティ番組などで乱発していましたが、今や知識階層とされる人々にも蔓延しているようです。
「めちゃ」を辞書で見ると "目茶" あるいは "滅茶" の漢字を当て、意味としては "道理に外れていること" "秩序が乱れていること" "程度の甚だしいこと" と有ります。 また「めちゃ・くちゃ "目茶・苦茶"」を同意語として記載している辞書も有ります。
このコトバはネガティヴの程度が甚だしい、という語感でしょう。
ところが、テレビで云われ場合には「めっちゃ美味い」「めっちゃ綺麗」と云うポジティヴな使われ方が多いようです。
お笑い番組で広めた人は、単なる語感から乱発し、それをコメンテーター氏らが無批判に受け入れたのでしょうか?

8. 「自腹をはたく」
これもラジオで聞きました。正しくは、「自腹を切る」と云うべきですが、既存の「有り金をはたく」というコトバに引きづられて妙な合成をしてしまったのでしょう。

9. "豪華列車トワイライト" を「電車」と云うレポーター
トワイライトの紹介番組で、レポーター氏は「この電車は・・・・」というコトバを乱発していました。途中でアナウンサー氏が "デイーゼルカーです" と云いましたが、レポーター氏は「じゃー列車かぁー」と受けましたが、その後も「電車」というコトバを繰り返していました。
トワイライトはパンタグラフが有りませんし、線路の上空に架線は張られていません。要するに一見すれば素人でも電気を動力とした電車でないのは判る筈です。
このレポーター氏は習慣的に鉄道車両をすべて「電車」というコトバで済ませているのでしょう。子供でも知っている知識に無関心なのでしょうか?

10. 「撃沈」
このコトバは軍事用語です。海戦において敵艦を砲撃・雷撃・爆撃などの攻撃で沈没させた時に "撃沈した" と云います。 また、味方の艦艇が敵の攻撃により沈没に至ったた時には、"撃沈された" と表現します。つまり、このコトバは状況に応じて能動態と受動態の使い分けを要します。
ところが近時、失敗・窮地・醜態に類する状況を表すのに、このコトバを使うケースを散見します。
例えば "昨日は飲み過ぎて「撃沈」した" などと云う人がいます。要するに酔い潰れて前後不覚に陥ったということでしょう。
テレビのクイズ番組で回答者が正解を答えられなかった時に "難問に敢え無く撃沈" などと司会者が云うケースも有ります。
どちらの例も、雰囲気は伝わりますが、老生は違和感を持ちます。
また生死に関るコトバを気安く転用するのは如何なものてしょうか。
類似のコトバで「撃墜」と云うのも有ります、これは空戦のケースです。能動態・受動態も同様ですし、失敗・窮地・醜態などの状況を表すにも同様に使われます。

11. 「面接官」、民間企業でも "官" か?
就職シーズンになると、テレビ・新聞・雑誌などに「面接官」なるコトバが飛び交います。このコトバで引っ掛るのは "官" という文字です。これは、公務員に使うコトバの筈です。それですから、官公庁で採用面接に当たる人を「面接官」と呼称するのは妥当でも、民間企業で採用面接を行う人を「面接官」と云うのは、明らかな誤用です。
このコトバが何時頃から氾濫したのでしょうか? 老生の記憶では、"就(職)活(動)" なるコトバが生まれた就職氷河期の頃だったと思われます。いわゆる "就活本"が溢れ、新聞・雑誌が特集を組むようになった時期です。
何処かで誰かが、誤用したりでしょう。それが今ではすっかり定着した感じです。"知性や教養は語彙に現れる" などと語彙の重要性を説く識者も、平然と使っています。

12. 「教官」、これも民間機関でも使われています。
一頃よりは低調になりましたが、未だかなり横行しています。このコトバは1950年代から起こったマイカー・ブームにおいて自動車教習所が乱立した時期がキッカケだったと思います。"運転指導員" は「教官」と呼ばれ、構内アナウンスで「OO教官はXX号車へ・・・・」などと案内していました。
次いで1970年代の海外パック旅行が盛んになった頃に、テレビ・ドラマでスチュワデス根性物語がヒットしましたが、その中に養成機関で "鬼の教官" にしごかれて、一人前に育ったという場面が少なからず有りました。
「教官」は教育にかかわる公務員、と辞書にも出ていますから、明らかに誤用ですが、問題視した有識者は現れなかったようです。
さらに驚くのは、私大の教員が職員や学生に対し、自らを「教官」と呼ばせる事例が有りました。これは国立大を定年になってから私立大に移籍した方に多かったようです。多分、長年の慣習を持ち込んだのでしょう。
ジャーナリスト諸氏も、私大の学生が不祥事を起した際に "指導教官は何をしていたのか" などと論難していた例がありました。
その上
、遂に私大生え抜きの教員が、「教官」を自称するするケースさえ散見するに至りました。

13. 「爆弾」と「砲弾」の区別を知らぬジャーナリスト
8月15日が巡って来るたびに、大戦の実情・秘話・悲話が語られます。某日のテレビでマリアナ海空戦で日本海空軍が米軍の "近接信管"により大打撃を受けた話が有りました。"近接信管"とは、目標物からの電波反射を利用して、直接に命中しなくても、一定距離に近付いたら作動する信管の事です。
この説明をした某大物ジャーナリストは、日本機の近くで近接信管を装備した "爆弾" が炸裂して日本機を撃墜した、と云いました。
これは明らかな誤りです、対空火器が発射するのは「砲弾」 です。「爆弾」とは、航空機が投下するモノです。
戦後も70年を経ると、著名な識者でも軍事用語については不確かな言説をする人が少なくないようです。

{たまの玄太の蛇足}
このくらいで、老生の "やぶにらみ的論評" は一応終りにします。繰り返しますが、老生は国語や
コトバ遣いについては門外漢です。その老生でも毎日のように ??? と感じるコトバに接します。その大半はテレビの娯楽番組的なヴァライティ番組です。
世に識者として遇せられている方でも、このような番組では気が緩むのか、怪しげな発言を散見するのは残念な事です。

               <以上>

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