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2018年2月24日 (土)

No.181: RCA社の興亡に想う (1)

じめに>
この10年ほど、日本の製造業が嘗ての活力を失い、その中でも電機メーカーの不振が目立ちます。昨年には「東芝解体・電機メーカーの消える日」なるショッキングな書物も現われました。
老生は一読して「栄枯盛衰、世の習い」「兵(つわもの)どもの夢の跡」「英雄、墓は苔蒸しぬ」などのコトバを想起しました。
ところで、このような事象は日本だけの事では有りません。実は米国においては数十年も前に同様な事態を生じていました。我が日本では正に周回遅れで同様なな苦境に陥っているわけです。
<RCA社の創設>
この小文は、嘗て世界のラジオ・テレビ業界に君臨した米国RCA社の浮沈興亡について記してみます。 
Rca_4
左図は同社のロゴ・マークです。このマークを印した真空管や電子機器は世界中で頻繫に見られました。
RCA (Radio Corporation of America) という企業は、発明王エヂソンが創業した GE (General Electric) の子会社として1920年に設立されました。これには米海軍の要請があったとされています。当時、無線通信にかかわる事業は英国のMarconi 社が世界的に独占状態に有ったのですが、そのような事態は国防上好ましくない、という理由が有りました。
<D.サーノフの登場>
S設立当初から終焉近くまで同社で活躍した人材はD.サーノフ氏でした。氏はユダヤ系移民の子で高等教育をうけていませんでしたが、「アメリカン・ドリームの体現者」」の一人に数えられる逸材でした。
氏は英国の豪華客船タイタニックの遭難事故に際し、米マルコニー社の電信技士として遭難信号を逸早く受信して世界中に報じ、無線通信の重要性を世に知らしめました。
この事件を契機として氏は新設のRCA社に転じて手腕を発揮しました。氏は、研究開発の技術者というよりも、新技術の将来性を看破して、その事業化を推進する事業家であったようです。
<放送局の開設と受信機の生産>
RCA社1922年には、ラジオ放送局を開設し、同時に家庭用受信機を発しました。この事業を始めた当初は、その成否について議論百出したそうです。音楽愛好家らは好んで聞くとしても、それは少数派に過ぎない。 ニュースその他を聞くだけのために高価な機材を購入するであろうか? という意見が強かったそうです。
ところが蓋を開けてみると、大盛況で、ラジオ受信機メーカーが乱立しましたが、RCA社はパイオニアであり、主要素子である真空管を独占的に生産していましたから、ダントツの地位を占めました。
放送というシステムは、中央の放送局から不特定多数の受信者に向けて一方的に情報を伝えるわけで、それまでの通信システムが特定の相手と双方向の情報交換を行うのに比して全く異なります。このような新規のシステムを事業化した発想は驚くべきものが有ります。
19221922_s1922_s_2
図は左から、放送開始のポスター、鉱石ラジオRE型、真空管4球式ラジオ・Radiora Ⅲ型を示します。
RCA社は、電波を送出する放送機から家庭で聴く受信機までを生産し、その心臓部というべき真空管を独占的に生産し、多くの受信機メーカーにも供給しました。正にラジオ業界のトップ・リーダーでした。
<真空管の王国>
同社が真空管の製造を創めたのは1921年とされています。当初は直熱フイラメント2.5V管で、その形状から日本では「ナス管」と云われていました。やがて傍熱ヒーター2.5V管に進化し、さらに形状はST管に変わりました。この頃には傍熱ヒーター6.3Vが普及しました。
2a3_3St_4Metal_3Gt2_2  
左から、”ナス管" "ST管" "金属管" "GT管"  を示します。 前の2管は、4本脚、5本脚、6本脚、7本脚などがあり、ソケットも4種類有りましたが、後の2管は8本脚に統一されました。 時期としては、前の2管は1920年代から、後の2管は1935年頃より生産しました。
これらの真空管は、世界中の他企業がコピーしました。真空管の寿命は数千時間程度でしたから常に交換補給が必要で、しかも世界の何処でも入手できないと困ります。それですから、世界各国のメーカーはRCA社製品に追随しました。いわゆる世界標準(規格)の嚆矢となったのです。
1940年頃には、小型化が進み、"mT管” ”サブmT管" が現れました。
左から "mT管" "サブmT管"を 示します。
Mt_6 Mt_4この頃には、他のメーカーも力をつけて来て、独自の開発を手掛けるようになりました。サブmT管などはRaytheon, Sylvania などが先行したようです。
それでも RCA 社がトップ・リーダーであることは変わりませんでした。
RCA社は真空管に関するマニュアルを刊行していました。 左は "RCA Receiving Tube Manual", 右は "Radiotron Designeer's Handbook" です。 
Rca_tube_manual_41953_radiotron_designeers_handboo_3左の書物は真空管規格を主としたデータの集大成であり、毎年のように改訂版が発行されました。
右の書物は真空管回路の設計法を詳述した内容の大著でした。
共に、電子技術者にとっては座右に置き、参照する貴重な資料でした。
このような資料を提供・公表したのも王者の貫禄を示すものと云えるでしょう。
 
      <以下次号>

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