No.185: RCA社の興亡に想う (5)
<コングロマリットへの迷走>
米国では1960年代後半に企業のコングロマリット化が広がった時期が有りました。これは異業種の企業を買収などの手段で傘下に収めることのようです。ウィキペデイアなどの記事によれば、異業種間同士の相乗効果によりグループ全体の活性化を期待する経営手法として注目されました。
RCA社も、この手法を採り入れたようです。老生は1970年に同社を訪れましたが、面談した渉外担当者は、同社のコングロマリット化計画を誇らしげに語りました。即ち、レンタカー・冷凍食品・出版・不動産などの企業を買収した、との話でした。この時に老生は甚だしい違和感を持ちました。
電子産業で世界に君臨するRCA社が、全く違う分野の企業を傘下に入れるのか、理解に苦しみました。帰国しての社内報告で言及しましたが、反応は技術系と経営系では全く逆でした。前者は疑問を表明し、後者は賛意・称賛を示しました。
後になって見れば、RCA社のコングロマリット化は、ジリ貧からの脱却を狙う最後のあがきだったのでしょう。
<RCA社の終焉>
1986年にRCA社は嘗ての親会社GE社により買収されました。その後、GE社のジャック・ウエルニチ会長の提唱する「選択と集中」の方針に従い、RCA社の経営資源は切り売りされ消滅してしまいました。
僅かにかにブランド名のみが他社に継承されていますが、それも見聞する事例は殆ど無いようです。
<たまの玄太の繰り言>
1. RCA社は超短波用の真空管を提供していました。

2. 老生は駆け出しの技術者の頃ライセンス契約をしていたRCA社から絶えず送られる特許資料の仕分けを経験しました。会社にとって、必要・有用・無用に大別したのです。知識も経験も乏しい若僧が貧弱な英語力で読み解くのですから難行・苦行の日々でした。しかしながら、相応の学識と評価能力を身に付をけられました。
3. RCA社に関わる出版物の一部を紹介します。
左図は同社の刊行する技術論文誌 "RCA REVIEW"、右図は、同社創立の頃の米国電子工業史 "Invention and Inovation in the Radio Industry" です。 前著は電子機器の研究開発者には貴重な資料でした。老生も新刊が出る度に貪るように読破したものです。後著は電子産業の勃興期の経過や業界事情を詳述した貴重な資料です。
4. RCA社は全盛期にはニューヨーク市の一等地に堂々た
老生は1970年の海外出張の時に訪れました。
研究所と無線機工場の見学のアレンジを依頼するために渉外担当者に会いました。担当者は個室を構え、ドアの外に女性秘書が居て取次をして呉れました。この一事でも、当時の老生にはカルチュア・ショックでした。(日本では、今でも個室を持ち秘書が付くのは極めて限られた人です。)
そのアレンジに従って、郊外に在る研究所と地方の工場を見学しました。そこで広大な敷地、整備された環境、充実した設備、などを見せられて圧倒される想いでした。
その頃、日本の電子産業は力を付け、ラジオ・テレビ・音響機器などは米国を脅かす程に成長していましたが、この見学・調査で、米国の蓄積や潜在力を再認識させられたものです。
5. それから50年近くを経て、日本の産業は中韓などに追い上げられ、次に期待される "IoT, AI" などでは米国に差を付けられています。「興亡盛衰世の習い」「有為転変」「英雄墓は苔蒸しぬ」などのコトバのを痛感します。
<以上>
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