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2018年6月10日 (日)

No.191: 名論卓説 & 迷論惑説 (3)

6. [ 二つの世界と科学革命 ] : C.P.スノー
Charlespercysnow 文系の知識人は、文系の文化が文化の全てであると考え、自然法則の探求などというものには、全く興味を示さない。
  サイエンスの世界が知的な深さ、複雑さ、明晰さにおいて、人間の精神の最も美しく、最も驚嘆すべき能力によって打ち立てられたものであることを全く理解していない。
 英文学の大作を読んでいない科学者に対し文系知識人は冷笑を浮かべ、専門バカとして退ける。
 だが、彼等の無知と専門バカぶりも驚くべきものだ。 私は彼等に "熱力学の第二法則" について説明できるか問うた。答えは冷ややかなものであり、否定的であった。
 この質問は 「貴方はシェークスピアの作品を何か読んだか」 と云うのと同等のレベルであるが、彼等は答えられなかった。 西欧の最も賢明な人々の多くは、物理学に対しては新石器時代の祖先なみの洞察しか持っていない。
 理系人もシェークスピアの4大悲劇の概略ぐらいは常識として知っておくべきであり、文系人も熱力学のアウトラインは知っているのが望ましい。
<たまの玄太の一言>
 文系人と理系人の乖離を論じる時に、上記の C.P.スノーの主張は、しばしば引用されます。おそらく、理系人からの最初の正面切った文系人批判だったからでしょう。
 C.P.スノーは物理学者であり、後には作家活動もした人物です。このような主張を発表した背後には、西欧社会でも文理の対立が存在するのでしょう。
 実は前記の文は、立花隆氏の東大での講義記録から再録したもので、いわば孫引きです。氏は哲学を学んだ方ですが、その評論活動は政治・社会などの文系分野に止まらず、宇宙・生命・脳科学・情報などの理系分野にも及んでいます。
 そのような方ですから、C.P.スノーの説に着目し講義に採り入れたたのでしょう。
 なお、立花隆氏は、米国の大学は文系でも 「生命科学」「情報科学」 を必修科目にしている、と付言しています。
 
7. [ 文系・理系に関わる百家争鳴 ] :
7-1 C.R. ドーキンス : 「文字を知らないことは、誰も自慢しないが、科学を知らない事を自慢し、数学が出来ないことには胸を張る」
7-2 某・ノーベル賞受賞者 : 「日本の悪い点は、官僚・政治家が科学を知らないと広言することだ。彼等は科学を産業の手下だと見ているらしい。芸術家は尊敬されるが、科学者はしばしば変人扱いされる」
7-3 某・女流作家、中央教育委員 : 「二次方程式など社会に出てからは一度も使わない数学を義務教育で学ぶ必要が有るのか」
7-4  某・県知事 : 「女子にサイン・コサインなど教える必要があるのか? 自分は社会人になって1回使っただけだ。それよりも社会の仕組みや草花の名前を教える方が良い」
<たまの玄太の一言>
 上記の前2項は、著名な理系人の指摘であり、後2項は、知名度の高い文系人の放言です。実は文系有識者の発言には、この種のものが非常に多いのです。
 彼等は、今日の快適で便利な社会を支える社会インフラや家庭機器が近代科学技術によって創られた事実をご存知ないのでしょうか? また、彼等の仕事 (執筆 出版・講演・テレビ コメンテーターなど) の背後には IT 技術が在ります。それらの諸技術は、数学・物理学・化学などを基盤としています。
 こう云うと、すべての若者が、その方面の職に就くわけではない、と反論する方がいます。しかし、それを云うならば、文系の諸科目 (文芸・社会・歴史・・・・) についても同じ論法が成立します。
 独断と偏見で云うならば、洋の東西を問わず、程度の差は有っても文理の対立は避けがたいのかも知れません。
 
           <以下次号>

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