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2018年6月18日 (月)

No.192 :名論卓説 & 迷論惑説 (4)

7.「古風堂々・数学者」 : 藤原正彦
Photo 合理的に説得できる事柄については説教しなくても判るが、実は合理的に説明し難い 「かたち」 も重要である。
  例えば、"嘘を云わぬ" "礼儀を守る" "家族・郷土・国を守る" "名誉と恥をわきまえる" などが挙げられる。
  これらは小学生時代に国語とともに徹底的に教育すべきである。
  20世紀末に日本は合理精神と引き換えに武士道や儒教を中核とする 「かたち」 を捨てたが、これは大損失。移民の国である米国は殆ど 「かたち」 を持たないから争いが絶えない、欧州もキリスト教の 「かたち」 が衰退して米国化、荒廃が進んでいる。
   米国は 「かたち」 を持たず論理 (法律) だけで律しようとする、抜け道のないように法律を網羅整備し、罰則を強化する。多数の弁護士を擁しギスギスした訴訟社会となった。
  合理的精神は、人々を中世の魔術や迷信からを解放し、宗教の軛から精神を飛翔させた。科学技術に代表される近代文明は合理的精神を基盤としている。
  しかし、合理的精神は万能ではない。多くの新たな問題が発生している。 多くの大事な事が論理的には説明し難い。論理抜きの 「かたち」 は社会が円滑・安定に機能するための永年にわたる人類の深い知恵である。
<たまの玄太の一言>
  藤原教授は理系の学問の中でも、純粋に理論を追うと思われている数学の研究者ですから、この論説を読んでやや意外な感じがしました。しかし、熟読玩味して考えると正に核心を突いた指摘だと痛感しました。
  それは老生の技術者生活での経験と相通じるモノを感じたからです。老生は理系人ですが、その応用である工学を学び技術開発の職に在りました。
  その時に理論と実務の乖離に悩まされる事が多く、一方ではベテラン工員の持つノウハウ (経験による暗黙知) に依って難問を解決した事例が何度も有りました。
  教授の云う市民生活に関わる 「かたち」 と、工場生産における 「ノウハウ」 は相通じる大原則ではないかと愚考します。
8. 「国語教育論」 : 藤原正彦
  言語は思考の道具。思考するのは言語であり、発信するのも言語。知的活動とは語彙の獲得と駆使に他ならない。
  読書は、過去・現在・未来にわたり深い知識、深淵な教養を得る有力・有効な手段、ネットは細切れの情報を伝えるに過ぎない。
  読書は教養の土台であり、教養は大局観の土台になる。文芸・歴史・思想・自然科学などの教養を欠いては健全な大局観は持てない。
  大局観は長期的展望や国家戦略に必須である。
  日本人は米国人に比して数学力はあるが、現実問題においての論理展開 (説得力) に弱いと云われる。一方、米国人は逆の傾向を持つとされる。
   その理由は、数学の論理と現実社会の論理に大きなギャップがあるからと考えられる。数学の論理は "真と偽" で成立し、前提には万人が認める "公理" が存在する。一方、現実は "黒白をつけ難い灰色" であり、前提も曖昧である。
    現実社会は普遍性のない前提から始まり、灰色の道を辿る、思考の正当性よりも説得力のある表現が勝利を得る。読書により、豊富な語彙を知り,適切な表現を学ぶ、すなわち国語力を鍛えるのが肝要である。
   実体験は時空を超えた世界を知り得ないが、読書はそれを可能にする。また、高次の情緒も読書により涵養される。情緒は年少期の読書により育つ、時期を失すると効果が上がらない。
<たまの玄太の一言
  藤原教授は国語を重視する言説をしばしば発表しています。「一に国語、二に国語、三にも国語,四と五が無くて六に算数」と話されたのを聞いた記憶があります。
また、小中校生を対象とした世界的なコンクールで、日本の生徒は計算力は高いが、文章の形をした応用問題には弱い、との話もあり、これは問題の主意を正しく読み取れないからだ、との指摘も有ります。
  教授は米国の大学で日本の小学生レベルの算数も解けない学生が在学し、しかも教授を相手に臆面もなく論争を挑む場面に何度も遭遇したそうです。この場合、主題は数学では無かったかも知れませんが、豊富な語彙を総動員して、詭弁とも云うべきロッジックを展開するそうです。
  教授の主張する 「国語力を磨け」 の意図は、詭弁的な論争に備えろというような低次元なモノでは無いでしょう。しかし、国際政治における非難の応酬などを見れば、正統的な国語力を基盤としつつ、詭弁的論法を跳ね返す交渉の話術を鍛えることが必要だと感じます。 
              <以下次号>

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