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2018年6月22日 (金)

No.193: 名論卓説 & 迷論惑説 (5)

9. [ 白い遠景 ] : 吉村 昭
Photo_2 吉村氏のエッセイ集より、幼少時の読書に関わる記事を引用します。
 
 母は読書については、何も注意しなかった。どんな本を読んでも黙っていた。漫画・幼年倶楽部・少年倶楽部・譚海などの雑誌や講談本を読むかたわら、日の出・富士・キングなどの大人の大衆雑誌も読んだ。
  それらに記載の大衆小説は面白く、難しい漢字には振り仮名がついていたので、多くの漢字を読み知った。
  当時でも、いわゆる子供の読むべき良書というモノがあった。それらを母親たちは子供に買い与える。しかし、そうした類の書物の大半は子供たちには興味がない。
  良書とは大人の考えた良書であって、子供たちには、それらを読むことは、却って苦痛であった。それらを読まされる子供たちは、読書に興味を失い、本嫌いになってしまう。
 
<たまの玄太の一言>
  この一文に接した時に、老生は快哉の声を挙げました。年少時より密かに思っていたことが明記されていたからです。
  実は、老生も全く同じ経験を持つからです。老生の母も、読書について制約めいたことは一切云いませんでしたでした。
    老生と吉村氏は同世代です。1940年前後に初等教育を受けました。当時の初等教育界には、教科書至上主義とも云うべき流れが有ったようです。小学生は教科書を中心に勉強すれば良い、それ以外の書物を読むな、という雰囲気でした。
  老生の通った公立小学校の校長は、初等教育界では名士だったそうですが、教科書至上主義者でした。当時も小学館発行の「小学〇年生」という学習雑誌が有りましたが、それさえも父兄会などで難色を示す発言をしました。
  況してや、小説中心の少年倶楽部や譚海などは禁書扱いでした。幸いなことに、老生の母は当時としては数少ない高等女学校(今の女子中高一貫校に相当)を出ていた故か、小学校長の話などは聞き流していました。
    老生の愛読書は少年倶楽部に連載された、江戸川乱歩や海野十三、山中峰太郎、平田晋作、南洋一郎、福永恭介らの探偵小説・軍事小説・冒険小説・科学小説 (SF) などで寝食を忘れて読み耽りました。これらは、上記の校長先生からは、最も危険視された作品でしたが、老生の母は学業成績に関わらない限りは、文句を云わずに買って呉れました。
  他にも有名出版社から発刊された「少年少女世界名作全集」と銘打ったシリーズを乱読しました。作品は、「宝島」 「十五少年漂流記」 「トム・ソウヤーの冒険」 「母を尋ねて三千里」 などの海外作品が主でしたが、「平家物語」 「太平記」 などの日本古典も有りました。これらも、殆ど読破しました。
   小学3年生の頃、その後の進路に大きく影響した書物に巡り遭いました。それは講談社の発行した 「発明発見物語」 なる書物でした。菊版サイズのやや大きい本で、アルフレッド・ノーベルを始めとして古今の高名な科学者・発明家の業績・伝記が記載されていました。
   その中でテレビジジョンの発明家として、早大の山本・川原田の両教授、浜松高工の高柳教授の業績が記載されていました。それを読み、かねてから機械いじりが好きがだった老生は、電気通信技術の世界で働こうと思うようになり、後に理工系大学に進学し、電機メーカーに就職し定年まで研究開発の職に在りました。
  吉村氏も老生も、当時としては読書環境に恵まれていたと思います。社会での進路は全く違いましたが、年少時の読書が大きく影響したのは共通です。
  なお蛇足を加えると、吉村氏の作品 「戦艦武蔵」 における造船所の作業や工程の記述は、専門家から見ても正確であり、「零式戦闘機」 では設計者の心理状態に及ぶ記述が詳細を極めています。年少時からの多方面に及ぶの読書の現れと云うべきでしょうか。
             <以下次号>

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