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2018年7月15日 (日)

No.195 : 名論卓説 & 迷論惑説 (7)

11. [ 海野十三の先見性] : 海野十三
Photo   海野十三は、今では殆ど話題にならないようですが、「日本SFの父」と称される作家でした。氏は探偵小説家としてスタートしましたが、やがて科学冒険小説家としての独自の歩みを辿りました。
  氏の作品には科学技術の将来を予測した世界を描いたモノが幾つも有ります。その中から選んで紹介してみます。
 
「空襲下の日本」:
  今、ここに二重三重の空中防備をしておいたとしても、敵の何十、何百という飛行機が一度に攻めてくると、何しろ速度も速いし、その上敵味方が入り乱れて渡り合っているうちには、どこかに網の破れ穴のように隙ができて、そこを突破される虞れがある。ことに夜間の襲撃なんて到底平面的な海戦などの比ではない。

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  こっちは高度5000m ぐらいまでを、それぞれの高さに区分して警戒していても、向こうの爆撃機が 8000m とか9000m の高度でそっと飛んでくれば、これはわからない。わかったとしても、そういう高度では、ちょっと戦闘機も昇ってゆきかねるし、下から高射砲で打とうとしても、夜間の事でうまく発見して狙い撃つことも出来ないという訳で、どこか抜ける。
  そこを、たとえ爆撃機の5台でも6台でも入ってくれば、これはもうかなりの爆撃力をもつ。

<たまの玄の一言>
  上記は海野十三が、雑誌「日の出」 1933年8月号に掲載した小説の一節です。日中戦争は1937年、大東亜戦争(太平洋戦争)は1941年に始まりましたから、それよりも4~8年も前の作品ですが、1944年末からの本土空襲の実態を的確に予測していたのには、驚きます。
  米爆撃機"B-29" が 10000m の高々度を悠々と飛来するのに対して、日本の戦闘機は低高度・中高度では優秀でも、酸素密度の薄くなる高々度では性能が低下しました。それですから、無線機を外すどころか、時には武装までも除去して軽量化を図り、やっと 10000m に達する窮状でした。それでも、一撃をするのみで、反復攻撃の機会は得られませんでした。
  また、高射砲も殆どが 7.5cm で射程が足りませんでした。10cm の高射砲は、終戦直前にやっと試射に漕ぎ着けたという有様でした。
  海野十三氏は、大学で電気工学を専攻しましたから、科学技術には堪能であり、外国の資料を調べる事にも慣れていたと思われます。しかしながら、これほどのデータを大衆雑誌に載せるには、軍幹部からのバックアップが有ったと推察されます。文には図解が付いていますが、これほどのモノが公表されていたのも驚きです。
  海野十三氏は 「太平洋雷撃戦隊」 という作品を雑誌「少年倶楽部」 1933年4月号に発表しています。作品の中で、日本の潜水艦隊が米本土からハワイ軍港に戦略物資を輸送する大輸送船団を壊滅させるシーンが有ります。
  これを読んで老生は一驚しました。と云うのは、多くの戦記物を読むと、日本海軍は攻撃目標として戦艦・空母を主とし、輸送船などは軽視していたようです。ところが、米潜水艦は、南方の資源を内地に運ぶ日本の輸送船を狙い撃ちしました。このために深刻な物資不足を齎して、遂に日本は屈服に至ったのです。
  海野十三氏が小説で示した戦法は、日本では無視されましたが、米海軍は積極的に採り入れたのです。一民間人が小説に書くような戦略・戦術を、当時の軍首脳は考えられなかったのでしょうか?

            <以下次号>






 

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