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2019年6月14日 (金)

No.218 : 日本産業の衰退に想う (6)

 「八つ当たり的妄言多々」

1. 「自分探し・フリーターの蔓延」

  何時の頃からか、「自分探し・・・・」  なるコトバが現れ、無責任な疑似言論人の発言が相次ぎました。高度成長の恩恵で市民生活は豊かになり、正業に就かなくても不定期のアルバイトで、そこそこの日常生活が保てるようになりました。その故か、官公庁・企業などの束縛の多い職場を嫌い、気ままなアルバイトで生活費を稼ぎ、自分の好む趣味・嗜好に没頭するのが有意義な人生の過ごし方である、という風潮が生じました。老生が勤務した企業でも、そのような人は何人か在職していました。その中の一人は、シーズンになると長期休暇を取って海外の名峰にアタックしていました。むろん、企業内での昇進・昇格は始めから放棄していました、昇給・賞与の査定は最低でした。ご当人は、それが生き甲斐なので、それなりに割り切っていたようです。通常の勤務態度は真面目でしたから、周囲の同僚も許容していました。
  しかしながら、このような風潮の蔓延は社会の経済活力を減殺する方に働くのは否定できません。疑似識者は、「自分探し・・・・」  「自己に忠実な生きかた・・・・」  などと、カッコ良いコトバを連発して前途ある若者を惑わし、延いては経済成長にブレーキを掛けたのです。

 

2. 「 "産業戦士" から "社畜" へ」

  高度成長期には、大量の若い労働力が地方から工業地域に集められ、大いに活躍しました。彼らは  "金の卵"  と称され、やがて一人前の  ”産業戦士”  に育ちました。当時は  "猛烈社員"  と云うコトバが現れ、"24時間、戦えますか"  などと云う栄養剤のキャッチ・コピーが流行りました。
ところが、1990年頃に  "社畜"  という不愉快極まるコトバが広まりました。企業に飼いならされて、経営者の云うがままに無批判に馬車馬のように働く勤労者を指す侮辱的な表現です。高名な評論家が多用しました、評論家氏は経営者側への警告・苦言を意図した発言であって、勤労者を貶める意図ではない、と釈明
しました。
   しかし、このコトバは勤労者の意欲を低下させました。海外から、「 "うさぎ小屋" に棲む働き中毒の奴ら」  と云う悪罵を投げかけられた時には黙殺しましたが、今度は違いました。国内の身内からの論難・冷笑と受け取ったのです。勤労意欲は低下し、経済活動が停滞する引き金になったと思われます。

3.   「研究開発者は冷遇される」

  先に記した  "プロジェクトX"  等の中心人物は、前人未到の成功を収めた後でどのように処遇されたでしょうか? 明確に示した資料は少ないようですが、断片的に探ってみると組織内での地位や報酬で充分に恵まれた例は少ないようです。
      例えば青色発光ダイオードの開発でノーベル賞を得た "中村修二博士" は、当初2万円ほどの報奨金を得たに過ぎませんでした。この発明の事業化により、勤務先の 「日亜化学子業」  は地方の中小企業から一躍有名企業に成長しましたが、 "中村博士" への見返りはゼロに
近い微少なものでした。後に "中村博士" は訴訟を起こし200憶円を要求して世に衝撃を与えましたが、結果として8憶円ほどの和解金を得たに過ぎません。遂に博士は米国の大学教授に転身し、国籍も変えました。
"中村博士" は米国の研究者仲間から "Slave Nakamura (奴隷の中村)"  と同情やら揶揄を受けたそうです。
  実は、日本企業では、"企業内の職務に基く発明・特許の権利は企業に属する"  という慣習が有ったのです。老生が就職したのは60年も前ですが、上記のような内容の誓約書を書かされました。(契約書では有りません。)  近時の情報では特許法を改正して、相応の対価を発明者に支払った上で権利は企業に属すると明記されるそうです。この改正案が施行されて、事態が幾らかでも好転するのを期待したいものです。
  "中村博士" のケースは超大型テーマであり、博士自身も積極的に活動したので、紆余曲折を経て最終的には相応の名誉・地位・報酬を得ましたが、大部分の  "プロジェクトX"  の主役は、僅少の報奨金 (一時金) と中間管理職ぐらいのポストで定年を迎えたようです。それどころか、定年間際には
"金の卵" を期待できなくなったとして、閑職に追いやられた例も皆無ではないようです。
Photo_23  Photo_24  

  

上記左図は "中村博士" の著書、右図はこれまで殆ど知られていなかった理系人の実態を詳述した著作です。どちらも、開発者 (理系人) が仕事の質・量および成果に比して処遇は恵まれない、と強調しています。

 

4. 「成長を懐疑的に捉える言説」

  1972年に "ロ-マ・クラブ" が発表した 「成長の限界」 という報告書は, 世界に衝撃を与えました。その要旨は、世界の経済生長が何時までも続くとすれば、資源が枯渇し、環境が汚染され、この地球上に何時まで人類が生存し得るか、という問題提起です。この報告書は世界各国に流布し、識者によるは啓蒙的な解説が氾濫しました。
  これより以前に日本では高度経済成長を批判した 「くたばれGNP」  などの論説も有りましたが、その内容は、"環境汚染"  と  "過重労働"   の2点から論じたもので、"資源の有限性"  には触れていなかったようです。ローマ・クラブの報告書は  "資源の枯渇"  と云う視点を重視したのが画期的でした。

  この報告書に触発されたのか、経済生長を懐疑的に見る論説・論評・エッセイの類が雨後の筍のように現れました。その多くは 「成長の限界」 の亜流でしたが、中には脱線して技術革新そのものを否定するような粗っぽい説を説く人も現われました。
   例えば、ある作家はデジタル社会を論難し、「誰も頼まないのに、IT オタクが次々と新しい機器やシステムを押し付けて来る」  
と記しました。この作家氏は原稿を手書きするのでしょうか? そうだとしても、出版社側で行う査読・校正・割付・レイアウトには情報技術が使われています。さらに印刷・製本・出荷・販売管理などもデジタル機器が行います。作家諸氏への原稿料・印税の計算・送金もデジタル技術で処理します。このような一連の処理を全く考えた事が無いのでしょうか? ちなみに、この作家氏は米アップル社の創業者を  「小才の利いた男に過ぎぬ」  と切り捨てました。
  このような説を唱える識者 (特に文芸系)  は技術革新の恩恵は黙って享受し、気に入らぬ面は声高に罵倒する傾向が有ります。困った事に彼等は発言・発表の場を持ちますから、市民層に技術革新を批判するだけでなく、否定するような風潮が生まれます。民主党の有力者が 「事業仕分け」 とやらでスーパーコンピュータの開発にブレーキを掛け 「2番ではダメなのか」 と云う大愚問を発して顰蹙を買った例も有ります。

5.  「大局観と総合判断力」

  文系識者の或る方々は、文系人は理系人に比して 「大局観と総合判断力に勝る」   と主張します。しかしながら、その論拠は明示されていません。彼等は、主要産業の経営幹部の経歴・業績を精査して理系出身か文系出身か、どのような経営判断をして、どれほどの業績を挙げたか、というデータは示していません。ただし、上記のような粗雑な論を云う方は文系識者の中でも文芸系の方のようで、経済・経営系の方々はこんな迷論は云いません。
      例えば、世界的企業である  "ソニー"  の創業者の井深大氏は、町工場的な存在に過ぎなかった東京通信業の社長でしたが、
トランジスタの国産化を当時の監督官庁の難色を押し切って断行し、次いでトランジスタ・ラジオ、ウオークマンなどのヒット商品を世界中に広めました。氏はレッキとした理系人です。氏は、後に文化勲章の栄誉に輝き、早大からは名誉学位を授けられました。他にも傑出した理系事業者に、ホンダ自動車の創業者である本田宗一郎氏、京セラの創業者の稲盛和夫氏らの人材がいます。松下電器を世界企業に成長させた松下幸之助氏は米タイム誌に、事業家だけでなく哲学者としても紹介されました。
      文系人で、革新技術分野で業績が明らかなのは、正力松太郎氏ぐらいではないでしょうか? 氏は読売新聞・職業野球などの実績を持っていましたが、”民間テレビ放送"  という分野を立ち上げました。氏は創業に際し、国産機材の整備を待たずに、輸入機材で開業しました。当時、批判は多かったのですが、氏は 「
とにかく、テレビ放送事業を立ち上げるのが先決だ、機器の国内生産などは追い付いて来る」  という発想だったのでしょう。これは氏の大局観による総合判断でした。
      また、ナイロンの国産化に関して、東レ(株)では社内技術が完成間近でしたが、敢えて米デユポン社に高額のライセンス料を払って技術導入を図りました。経営首脳は、デユポン社のネームバリューと先行した実績を買ったのです。事業としては大成功でした、経営首脳 の総合判断の勝利と云えます。
上2例のように文系首脳による「大局観に基く総合判断」が成功した事例は有ります。しかしながら、2例とも海外に前例が有りました。前例も類似例も無い場合はどうでしょうか?

   先に記した  "GAFA"  のケースなどは如何でしょうか? その創業者は、「教養 (文系) を深めた」人材ではなく、「大局観に基く総合判断」 で意志決定をして成功を収めたわけでは有りません。彼等は、自己のアイデアに賭け前人未踏の分野に突進したのです。彼等の創始したビジネスには前例も類似例も無かったのです。前例や類似例のある分野ならば、自社の経営資源 (ヒト・カネ・モノ) と市場・販路などを勘案して 「大局観に基く総合判断」 を推進るのは、さほどの難事ではないでしょう。既成の組織であれば、役員会の決定という 「責任の分散」 も有り得ます。
   日本では、残念ながら  "GAFA"  の創始者のような人材を認め、支援するような組織も風土も充分では無いようです。一部の文系識者は、"哲学・文学・芸術・歴史・・・・・
科学などを広範に詰め込んだ人材"   が 「大局観を備え総合判断に基いて未来を指向するリーダーになる」  と力説しますが、老生は甚だしい違和感を持ちます。そのような人材は、それなりに貴重な存在ですが、未踏分野に的確な判断が下せるとは期待できないと考えます。
                <以上>

 

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