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2019年9月 4日 (水)

No.224 :昭和一桁生まれの読書遍歴 (3)

5. 「 飛行機オタク・軍艦オタク・鉄道オタク 」

   小学上級生になると、 「飛行機」 「軍艦」 「鉄道車両」  などの ”型名” , "外観" , "性能"  などに興味を持つようになり,その分野の雑誌・書籍を集めて読み耽りました。その種の出版物は青年層を対象にしているようで、小学生には少々難しい箇所もありました。クラスには数名の同好の士がいて、互いに知識を競いあう雰囲気があったので頑張りました。
        幾つも有った雑誌の中で記憶に残るのは、「海と空」 「航空朝日」 でした。前者は世界各国の軍艦・軍用機を鮮明な写真で紹介し、併せて特徴・性能などを解説していました。おそらく、日本帝國海軍の後押しが有ったのでしょう。各国とも軍備に関わる詳細は極秘とされていたのですが、一方では自国の軍備の威力を誇示して、いわゆる "抑止効果" を狙うという流れも有りました。
   
この雑誌のある号で、日本海軍の "一式陸上攻撃機の尾部銃座" が明瞭に写っている写真が掲載されました。この記事は飛行機オタクの間では大きな話題になりました。と云うのは、それまでの日本の双発爆撃機・攻撃機は後尾の武装が弱く、後方からの攻撃を受けて被害が少なく無いという噂が流れていたのです。その弱点が解消されたと、この写真は示唆したからです。忖度するならば海軍は、巷の一部に流れる噂を消すために、このような写真を発表したのでしょう。飛行機オタクを介して、この情報は一般人へも拡散しました。

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        後者は朝日新聞社の刊行で戦時の数年間しか存在しませんでたが、老生は多くの知見を得ました。この雑誌は広範な情報収集に特長が有りました。例えば太平洋戦争の後半に出現して日本軍を悩ませた "グラマン F6F ヘルキャット"   の詳細な図面や特徴を詳記していました。また、"悪魔の翼 B29 超空の要塞” の気密室構造の図解も掲載されました。これらは米軍の極秘資料ですが、どのような経路で入手したのか、新聞社の情報収集力には驚きます。
   この雑誌の執筆者は、軍の技術将校、航空機製造会社の技師、大学の研究者などが執筆していて、かなりアカデミックな傾向が有りました。捕獲した米英の軍用機の性能調査や構造分析は詳細を極め、専門 の学術誌に近い内容でした。この雑誌を読み、"翼面荷重" 、"馬力過重" 、"巡航速度" 、"砲口馬力"   などの用語を知りましたし、"空戦性能と翼面荷重の関係" 、"空冷エンジンと水冷エンジンの得失"    なども理解しました。
   老生は1942年に中学に進学しました、その当時は正規の授業として軍事教練がありました。ところが軍より派遣された教官より、クラスに数人いた飛行機オタクの方が軍用機の知識は豊富でした。仲間が集まると教官の知識不足・時代遅れぶりを慨嘆したものです。
   書物では、「
ジェーンの海軍年鑑」  の日本版が有りました。これは、元来は英国の出版物で世界各国の海軍艦艇の写真・データを集大成したモノで、大英帝国の情報収集能力の実力を見せつける資料でした。無論、日本海軍の艦艇も掲載されていました。日本版はその縮小版でしたが、英・米・日・を始め仏・独・伊から弱小国に至るまで網羅していました。蛇足を云うならば、日本版はいわゆる海賊版だったと思われます。老生は座右に置き、主要な記述は殆ど暗記しました。
この年鑑
の大戦末期の版には 「大和」 「武蔵」 も記載されていたそうです。日本では極秘扱いで海軍士官でも存在すら知らなかった、と云われています、英国の諜報機関の卓越を示す挿話です。

   国内の英少年向きの書物には、「われ等、若し戦はば」 「われ等の陸海軍」 「われ等の海戦史」 「新兵器と科学戦」 などが在りました。
   「われ等、若し戦はば」 は一種の未来戦記です、ソ連および米国を仮想敵国とした展開でした。老生の記憶では、対ソ戦ではソ連空軍の帝都空襲、それも毒ガス攻撃を生々しく記されていました。対米戦では、米大艦隊が輪形陣   ( 戦艦・空母などの主力艦を中心に配置し、その周辺を巡洋艦・駆逐艦などの小型・高速の艦艇で固める陣形 )   を組み、太平洋を西進して来るのを小笠原諸島近海日本連合艦隊が迎撃するという図式でした。対ソ戦も対米戦も、多大の困難を超えて最後の勝利を得るというパターンでした。
   この種の書物は、敵味方の軍事力が記されていましたが、数値的には日本は常に劣勢でした。それでも、"最後の勝利は我に在り"、 というストーリーは、精神力を過大に評価し期待したのでしょう。さらに特筆したいのは、"日本は資源小国である"    との記述です。後年の南方進出を暗示していたのでしょうか。

   鉄道車両については、雑誌 「科学と模型」 「子供の科学」 および模型店の発行する小冊子などで知識を得ました。今日のような専門の雑誌は無かったのです。

   後年になって、往時の探求心と記憶力に我ながら感心します。もっとも、そのエネルギーを学業に向けたならば、別の人生があったかもしれませんが ? 
                                             <以下次号>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5. 「鉄道オタク・軍艦オタク・飛行機オタク」

    小学上級生のなると、鉄道車両・軍艦・飛行機などの型名・外観形状・性能などに興味を持つようになりました。その種の雑誌・書籍を集め読み耽ったものです。その多くは青年層を対象としていたようで、やや難しかったのですが、背伸びして理解に努めました。少年向きの出版物も有りましたが、内容が貧弱で読む気になれませんでした。

              <未 完>

 

 

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