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2019年9月 9日 (月)

No.225 :昭和一桁生まれの読書遍歴 (4)

5. 「海外作品への開眼」

   旧制中学の2・3年生ともなると、海外作品が話題に上るようになります。それまでは、「少年倶楽部」  等の探偵小説や冒険小説を夢中になって読んでいた連中が一転して欧米の現代小説を手にするのです。その読書傾向は、コナン・ドイルやエドガー・アラン・ポーなどの探偵小説や、モーパッサンやゾラなどの人生・社会を描いた作品、さらにトルストイやドストエフスキーなどの深刻な長編作品などに大別されたように思えます。このような読書対象の変化は、大人の世界への背伸びだったと思われます。
   そもそも、海外作品を読むのには、その社会や時代の人情・風俗・習慣などを把握していないと、理解・鑑賞は出来ませんが、その知識が不十分のまま読むので、読みこなせたか否か怪しいものでした。それでも、友人どうしで話し合ったり、大人に聞いたりして読み進めました。

         コナン・ドイルの 「シャーロック・ホムズ物語シリーズ」 を初めて読んだ時には、かなりの違和感が有りました。それは、上流階級の人士が殺人犯・詐欺犯・性犯罪者として登場するケースが少なくない事でした。モリアーテイ教授・シャーロット博士などです。もう一つは、英国ロンドンが舞台でもインド人・アメリカ人・南米人などが登場する事でした。成人して多少は世の中を知るようになって、そのような疑問は氷解しましたが。
         モーパッサンの 「女の一生」 やバルビュスの 「地獄」 などは思春期の悪童どもの話題になりました。"ベッド・シーン"  の記述が有ったからです。現代の感覚では淡泊な描写ですが、1940年頃から以前のセンスではかなり刺激的だったと記憶します。

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   その頃の中学校には風紀取締が厳しく、所持品の一斉検査が不意に行われました。この時に上記のような書物が見つかると大騒ぎになったものでした。女性をテーマにした軟弱な読み物として排撃され、所持者は不良少年扱いされました。それでも、生徒間の回し読みは続きました。
         1944年、中学3年生の頃になると、戦況は悪化し学徒勤労動員令が下りました。軍需工場へ駆出され、兵器の生産に従事させられたのです。無論、学校に於ける授業は棚上げです。このような状況下でも、怪しげなガリ版刷りの文書が出回りました。殆どが今日でいうポルノ小説の類、それも抜き書きでしたが、10歳代後半の男子にとっては衝撃的でした。同級生の中には医師の子息や花街の経営者の息子もいて、得意げに解説をしました。ところが、軍需工場の中には憲兵が絶えず巡回していて、時に摘発される椿事が起こりました。憲兵の任務は軍組織内部の不正を取締るのが本務でしたが、大戦末期には市民の厭戦気分・生活態度にも目を光らせるようになりました。前線では兵士が血を流しているのに、学生どもは軟弱なポルノに夢中のなるとは何事か!!  と云うわけです。そんな時、中学校の教員は憲兵に平身低頭して、表沙汰になるのを防いだようです。

6. 「戦時下から敗戦直後」

   1944年、敗色濃厚になり、空襲が迫りつつあった時に疎開が半強制的に執行されました。学童・老人は郊外や地方に移住させられました。それに伴い都市防衛のために残る成人も家財や貴重品を地方在住の知人宅に預けました。その時期に大量の書物が古書店に売却されたのです。
        大正末期から昭和初期に「明治大正文学全集」「世界文学全集」 と銘打った大部の文学全集が刊行され、知識層の家庭の応接間や書斎を飾りました。老生は友人宅で見せられて別世界を見る想いがしたものです。しかし、戦時下の疎開騒ぎに際し、重く嵩張る文学全集などを地方に移送するなどの余裕は無く,止むを得ず古書店に捨て売りしたのです。引き取る古書店にしても、買い手が付くより前に戦災で失うリスクがありました。老生は行き付けの店で「江戸川乱歩全集」を見つけ、何とかして買いたいと思っていましたが間もなくその店も老生宅も空襲で焼失してしまいました。
   東京・神田の古書店街は幸いに戦災を免れました。それで、かなりに書物が残りました、ただし価格は高騰しました。敗戦後の食糧難・住宅難は厳しかったのですが、それでも書物を読み知識・教養を得ようとする人々は少なく無かったのです。
   出版社は、焼失を免れた戦前の紙型を探し出して出版を再開しました。哲学・左翼思想・ロシア文学などが人気でした。哲学・思想・学芸・文学などの出版で著名な I 書店は神田神保町交差点近くに在りましたが,間欠的に名著の再版本を売り出しました。発売日が予告されると、当日の早朝から長蛇の列が出来ました。老生も数回は行列に並びました。ところが、行列する人々の中には転売を目的とする人もいました。どのような書物でも I 書店の出版であれば、数倍の価格で転売されたのです。行列に並んで買った本が、直ぐに古書店に高く売れたのです。換言すれば、行列に並んだ人の中には書物の内容が何であろうと I 書店の本であれば、高く売れるという狙いの人が少なく無かったのです。戦後の混乱期における特異現象でした。
   このようなプロセスを経ながらも、出版界は徐々に立ち直って行きました。とは云うものの、経営体力が伴わず、刊行半ばに挫折した計画は少なくなかったのです。老生の記憶では、夏目漱石、トルストイ、スタンダール、ロマン・ローラン、ドストエフスキー 等の全集モノが多かったようです。さらに蛇足を云うならば、戦後の混乱期では著作権などを無視した、一発屋と云われる怪しげな業者が少なく無かったのです。
 

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図は雑誌「文芸春秋」の戦後復活版第一号の再版本の表紙です。話がややこしくなりますが、先ず、戦後復活版として1945年10月号として発行されました、その後1995年10月号の綴じ込み付録として再刊されたのです。新聞用紙を転用し八つ折・64頁の簡素なものでした。製本はしておらず、折り畳んだだけでした。
   それでも、目次をには 「原子爆弾雑話」 「非文化非合理への反省」 「未曾有の痛棒」 「愛しき国土」 など、各界の権威の論説・エッセイが並んでいました。どの文も正鵠を射てはいますが、自虐的な論調もかなり有ったように感じます。これは、当時としては止むを得なかったと思いますが、その流れは今日でも続いているように感じます。
   多くの名論卓説の中で、今でも読み返して驚くのは、中谷宇吉郎教授の論説です。教授は原爆も一度実現されれば、間もなく他国でも製造出来るであろう、と云う指摘と長距離ロケット弾への搭載の可能性への言及です。この予想は的中しました。数年後のソ連邦、現在の北朝鮮などが実証したのです。

               <以下次号>

 


       

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