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2019年10月17日 (木)

No.230 : 昭和一桁生まれの読書遍歴 (9)

12. 「文芸作品など」

    小学3年生の頃、夏目漱石やジョナサン・スウィフトなどの作品を読みましたが、その年齢層では面白いと感じて読み耽ったのは、雑誌「少年倶楽部」 に連載されていた読物でした。「山中峰太郎」 の "敵中横断三百里" , 「南洋一郎」 の "吠える密林" , 「海野十三」 の "浮かぶ飛行島" , 「江戸川乱歩」 の "妖怪博士" ,  「平田晋作」 の "昭和遊撃隊”   などで文字通り寝食を忘れるほどでした。幸いな事に、老生の母親は当時としては "教育ママ"  の傾向がありましたが、これらの本は文句を云わずに買ってくれました。
   1930年代でも 「少年少女世界名作集」 というようなシリーズ物が出版されていて、これを推薦する教育者・作家・評論家はかなり存在したようです。多くは、海外で名作とされた作品を子供向きにアレンジした
ものでした。記憶している作品は、「宝島」 「十五少年漂流記」 「トム・ソウヤーの冒険」 「小公子」 「アンクル・トムの小屋」 「母を尋ねて三千里」 「岩窟王」 などでした。これらの作品は、それなりのモノでしょうが、老生は  "冒険モノ"  に類する作品以外は好みませんでした。妙に説教的な作品や悲劇的な物語は (ハッピー・エンドに終わっても) 性に合いませんでした。
遥か後年になって、某著名作家が少年時の読書体験を語っていましたが、老生と同じような好みを表明していたので同好の士の存在を知り嬉しくなりました。
    上記の諸作家の中で、老生に大きく影響したのは、海野十三でした。氏はW大で電気工学を学び、旧逓信省・電気試験所で無線通信の研究を行った経歴を持つ異色の作家でした。氏の作品には、電送写真・監視用テレビジジョン・変話機 (今の自動通訳機)  などが登場します、今から80年も前の小説ですから、その先見性には驚きます。また、大戦末期の作品には "ウラン・エンジン"  なるコトバが登場します、云うまでもなく原子力機関です、原子力エネルギーの強大さに注目していたのです。老生が後年、電子技術の開発研究者の道に進んだのは、氏の作品に啓発された故と感じています。
氏は 「日本SFの父」 とも讃えられますが、文壇における位置付けは必ずしも高くないようです。しかしながら高度成長を支えた技術者には、氏の作品に魅了されて進路を決めた人は少なく無かったと思われます。

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            1942年に中学校 (旧制) に進学しました。教科書の体裁、印刷書体、文字の大きさ、内容などが一変し、一種のカルチュア・ショックを受けました。国語の教科書の文章は、古今の名作から採ったものが多かったのですが、その中に尾崎紅葉の作品 「金色夜叉」  のワンカットが有りました。
主人公の間貫一が傷心の身をを癒すために塩原へ旅立つシーンの一節です。"車は馳せ、景は移り、堺は転じ、客は改まれど、貫一はかわらざる憂鬱を抱き、やるせなき・・・・・・"   なる一文です。リズム感のある流れるような文章です。この時、教員は原作の大要を口頭で説明して呉れましたが、何んとなく歯切れの悪い印象を受けました。
そこで老生は、全文を読みました。貫一の許嫁であったお宮が、資産家の道楽息子に見染められて結婚し、貫一は裏切られた形になり、絶望して学業を捨て高利貸に転身して、世の仕組みに復讐を図る、という粗筋でした。確かに、部分的には名文であっても、全体として見れば、教育的には好ましからざる作品という意見も有ったと思われます。全文を読むに際し、辞書を引いたり、年長者に聞いたりしました。

    夏目漱石の作品は、殆ど全作品を読みました。「坊ちゃん」 と 「吾輩は猫である」  は既に小学生の時に読みましたが、他は中学生以降です。老生が好んだのは 「三四郎」  でした。九州から上京して東大生となった三四郎を中心とした小説ですが、物理学者の野々宮さん、偉大なる暗闇の異名を奉られた廣田先生を巡る人生模様は一種の憧れでした。「硝子戸の中」  は漱石の生い立ちに絡むエッセイですが、漱石の生誕地や晩年の住居についての記述が有ります、老生の少年時および社会人になった折の住居が近かったので興味を引きました。漱石の 「こころ」  は高校の教科書に記載されているようですが、長文の一部を切り取って登場人物の心理をあれこれと忖度するような近時の読書指導には賛成しかねます。
「それから」  は明治から大正期の知識人の生き方に触れた作品のようですが、老生は違和感を覚えました。主人公の代助は、高等教育を受けながら職に就かず、親と兄から生活費を貰い、門構えの家に住み,婆やと書生を雇って生活しています。しかも、以前の級友が生活のために働いているのを冷笑しているようなポーズをとります。そうして、働かないのは社会が悪いからだと嘯きます。それなりの主張が有るのでしょうが、大学をやっと卒業した日から一家の生計の中心になった老生から見れば、何んとも別世界の住人の感が有りました。
こんなわけで、老生は初期の作品には惹かれますが、後期の作品は馴染めませんでした。
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     その他の作品としては、幸田露伴の 「五重の塔」、内田百閒の 「阿呆列車」、島崎藤村の 「破戒」、谷崎潤一郎の 「痴人の愛】 「蓼食う虫」 「鍵」、菊池寛の「真珠夫人」、川端康成の「雪国」  等々を乱読しましたが、その内容は殆ど忘れてしまいました。

     以上は、学生期の読書です、社会人になってからは難解な専門書の読解に忙殺されて、大衆娯楽小説しか読まなくなりました。"オール読物","週刊新潮"   あたりに連載もしくは短編読み切りの時代小説が対象になりました。その中では、五味康介の作品が出色のものと感じました。長編 「柳生武芸帳」  は、多数の剣士が登場しする波乱万丈のストーリーで、夢中になって読みました。残念な事に未完のまま中断し、かなりの休筆期間の後で続編と称した 「柳生石舟斎」  も数回で中断したきりになりました。
他に柴田錬三郎の諸短編も愛読しました。
それ以前は岡本綺堂の 「半七捕物帖」  や  野村胡堂の 「銭形平次捕物帖」  などにも熱中しました。
その一方で、老生は芥川賞作品の類はあまり興味を感じませんでした。

     社会人の生活に馴れるに従い,読書の様式も変化しました。数時間かけて集中的に一気読みする様式から、空き時間に拾い読みをするスタイルに変わりました。それに応じて好みも変化しました。城山三郎・司馬遼太郎・吉村昭・松本清張・南条範夫・高木彬光 などの作品が馴染みやすかったようです。
     特に好んだのは、吉村昭の作品です。氏は東京生まれ東京育ちで年齢も老生と大差ないようです。氏の作品傾倒するのは、理工系の研究者・開発者の生態・心情を活写している事です。「零式戦闘機」 は、海軍からの無理難題を抱えて苦悩する堀越二郎の苦闘を描き、"試験飛行に飛び立つ試作機が単なる無機物ではなく、生命を吹き込まれた生き物のように感じられる・・・・” と云う意味の記述もあります。開発技術者の末席にいた老生は、この章を何度も読み返しました。「戦艦武蔵」   は長崎造船所のおける建艦の様相を詳述し、専門技師を驚かせたと云われます。「白い航跡」   は、海軍軍医であった高木兼寛が、当時多発した兵士の脚気に関して、食事に問題在りと見当をつけ、改良した食事を遠洋航海の兵士に与え、見事解決した経過を詳述しています。これは、実質的にはビタミンBの発見でした。
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     司馬遼太郎の作品は 「坂の上の雲」  や「竜馬が行く」  などの司馬史観が顕著な作品が著名ですが、初期の忍者モノや戦国時代後期から江戸幕府創成期に至る覇者の角逐を描いた作品も楽しんで読みました。高木彬光は工学部出身の作家で、「成吉思汗の秘密」 「耶馬台国の秘密」  という異色の作品が有ります。前著は衣川で自害したとされる源義経が大陸に逃れて成吉思汗になったという伝説を裏付けるストーリー、後著は歴史家の間でも論争の絶えない耶馬台国論争に明快な断定を下しました。もとより、小説であって、正統的な歴史家は黙殺したようですが、この作品を読む限りでは、なるほどそうかと思わせる説得力があります。
     

                    <以下次号>

 

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