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2020年2月19日 (水)

No.238 : 諸賢の高説・名言・警句 (3)

「 古代人が辿りついた長生きのヒント 」

  私たちが  "長生きしたい" と云う時、無意識にある条件をつけています。その条件とは、” 健康である "  は当然ですが、" 充実した時間 " , " わくわくした時間 " , " 喜びに満ちた時間 "  を持つ事です。換言すれば、" 充実した時間が多ければ、実質的な寿命が永い "  と云う考え方が生じます。
平均寿命15歳と云われた古代人は、少しでも長く生きたいという願望が現代人よりも強かった筈です。彼らはそのために試行錯誤を重ねたでしょうが、生物的な寿命を延ばすことは難しかったのです。しかし、充実した時間を増せれば、実質的には寿命を延ばせたことになると気付きました。換言すると、生きるための作業や苦行に要する時間を短縮できれば、浮いた時間を楽しい事に振り向けられます。これは、実質的には長く生きたことに相当します。
   そのために、取り組んだのは「 道具の発明 」です。例えば狩りの場合、素手で行うよりも  "棍棒"  を使えば、効率は上がります。" 槍 " や "弓矢" の発明はさらに有効でした。また、水を入れる容器の発明により、川や井戸に行く時間を短縮できます。
現代人は、このような発明は 「 便利のため 」  「 エネルギーの効率化のため 」 と思い込んでいますが、実は潜在的には全く違った目的、" 時間の節減 "   のためになされたものなのです。時間を短縮することを可能にした数々の道具によって、人類の使える時間は著しく伸びました。
それにより生物学的な寿命は変わらずとも実質的な寿命は延びたのです。道具の発明は 「 死 」 から逃れられない人類の潜在的な恐怖心によって生み出されたものでした。
            ( 百田 尚樹 :週刊文春 誌 より
抄録・引用 )

{ ブログ発行人からの蛇足 }

        人類が道具を発明したのは、" 生活の効率化 " , " 労力の軽減化 "   の為であると一般には説かれています。さらに、道具を創り活用する生物は人類だけである、とも云われています。しかるに、百田氏は、「 生活を楽しむ時間を増して実質的な寿命を延ばすため 」 との観点から論じました。これは、真に意表を突いた卓見だと思います。
        従来、" 道具 "  や " 機械 "   の発明は、" 利便性 ”  および " 効率性 "  の観点から論じられて来ました。時間の節約が云々されても副次的で、それが人生における有意義な時間を増加させたという指摘は殆ど無かったようです。
   1970年代にベストセラーになった電子計算機 ( コンピューター )  の啓蒙書が有りました。著者は有名大学の教授で、システム工学者として令名高い方でした。その著書の冒頭で機械の発達を、" 筋力機械 " 、" 感覚機械 " 、" 頭脳機械 "  の3段階に分けて説明していました。 
   " 筋力機械 "   とはヒトの " 腕力 " や " 脚力 "  を増強する機能を持つモノで、" 交通機関 "  や  " 土木・建設機械 "  が該当します。また、" 工具 "  などのような簡単な構造のモノでも、この範疇に入ります。
   " 感覚機械 "  とは、ヒトの持つ " 五感 "   の働きを強化するモノで、" 眼鏡 " 、" 望遠鏡 " 、" 顕微鏡 " 、" 集音機 " 、" 拡声器 " 、" 電話 "   、" ラジオ " 、" テレビジョン "  、" 糖度計 " 、" 粘度計 " などが該当します。
   " 頭脳機械 "  とは、ヒトの有する " 記憶力 "  , " 計算力 " , " 思考力 " , " 判断力 " , " 分析力 " などの働きを強化するマシンで、コンピューターが代表的な存在です。

   この記述を読んだ当時、老生は斬新な考えとして深い感銘を覚えたものでした。しかしながら、利便性、効率性の追求が主で、労働時間の短縮には言及しても、" 有意義な時間の創出→有効寿命の延長 "  には触れなていなかったと記憶しています。
         1960年代に家庭電化機器のブームが生じました。この時期に某電機メ―カーは、主婦が洗濯に要する労力・時間が如何に大きいかと数値で示し、電気洗濯機はその労働を一挙に解消できるとのキャンペーンを大々的に行いました。
この時に毒舌をもって知られた某評論家は、「 主婦が余暇を得ると " 小人閑居して不善を為す " という事態が危惧される 」 というような皮肉混じりの論説を著して物議を醸しました。これに対する反論としては「 家事労働に費やす時間が軽減されるから、その時間を教養・社会活動などに振り向けるべきだ 」 などが現れました。
   その後の世相を見ると、大都会の郊外に住む中産階層を舞台にした不倫ドラマがテレビで流行ったりしましたが、一方では女性の大学進学や社会進出が増加しました。してみると、評論家氏の危惧とそれに対する反論は、どちらも正鵠を射ていたようです。 
   老生は某私大で 「 情報社会論 」  を講じた経験が有ります。その時に  " 情報技術の発達は、時間・空間の壁を超えた " , " 文化の浸透・普及の遠近格差を無くす "  などと説きました。まあ、百田氏の説とも一脈通じるのではないかと思っています。
                   <以下次号>
           

 

                  

 

 

 

 

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