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2020年5月10日 (日)

No.242 : 小説を読んで疑似社会体験 (2)

5. 作家の吉村昭は、科学技術者を主人公とする多くの作品を発表しました。その中に 「 零式戦闘機 」  と題する名作があります。名機・零戦を生み出した主任設計者 " 堀越二郎 "  を中心とする設計陣のメンバーの努力と苦難を活写した実録小説です。その中の名場面は、試作機の試験飛行の描写です。「 機体が陽光に輝き、エンジンを始動した時、それは単なる無機物ではなく、生命を得た生き物として、大空に飛び立って行った。・・・・・ 堀越らは光る構造物に生命が宿りつつある事に、胸のうずくような感動を感じ続けていた。」   という一節を老生は何度も読み返しました。
  老生は、嘗て無線通信機器の開発技師でした。技術内容は大差が有りますが、試作機器の動作試験に際して予期した性能・機能を実現した時の喜びは何度も経験しました。それですから、作品の記載には大いなる実感・共鳴を感じます。
   また、氏には 「 深海の使者 」  なる作品も有ります。第二次大戦に於いて、日本軍部は同盟国・独国より秘密兵器の導入を策します。しかしながら、そのルートに関わる制海権・制空権は既に連合軍に握られていましたから、潜水艦による単独隠密行動が唯一の手段でした。この作戦の投入された日本の潜水艦は4隻でしたが、日独間の完全往復は1隻のみ、他は往路または復路で撃沈されました。
その中の1隻に乗り組み、貴重な技術資料の一部を持ち帰った海軍技術士官の手記を基にした実録小説が、この一編です。
その中に、敵艦の爆雷攻撃を避けるために、長時間潜水するシーンが有ります。潜水中の潜水艦の頭上の海面には多数の対潜艦艇が遊弋しています。その包囲網から逃れるために機関を始動することは出来ません、機関音を捕捉されて忽ち爆雷を投下されます。それを避けるには機関を停止し、艦内の人の動きや会話を止めて無音の状態を保ち、敵の艦艇が諦めて退去するのを期待するのが唯一の対策です。
氏の作品はこの情景を詳述しています。潜水・停止の潜水艦で深刻なのは、
音の問題よりも酸素の欠乏です。潜航開始時には、艦内の空気は清浄ですが、時間を経るに従い酸素は欠乏します、この状態から逃れるには浮上して外気を採り入れるしか有りませんが、未だ敵艦艇が警戒態勢に在るならば、その途は死です。
氏の作品では、この極限状態を詳述しています。酸欠の限度に近つ"くと常識では想像も出来ない珍現象があると記しています。例えば、机の引き出しを開けると、中の空気が透明に澄んで見える、との事です。それほど艦内の空気は汚れ濁っている、というわけです。このような文を読んでいると、息苦しさを感じ思わず深呼吸をする程です。それほど迫真味が有る記述です。換言すれば強烈な疑似体験に引き込まれるのです。

6.  感染症の流行により、都市や国家が壊滅状態に陥った歴史は、何度もあったようです。それらを採り上げた文芸作品には、" アルベール・カミユ "  の 「 ペスト 」   や  " エドガー・アラン・ポウ "  の 「 赤き死の仮面 」   などがあります。老生は数十年前に読んで慄然とした事を思い出しました。感染を避けて富裕階層の人々は、山荘に立て籠もり、その中で浮世離れした歓楽に日々を過ごす、という物語は現代人にも疑似体験を提供しもているとも云えそうです。
また、伝説的な大予言者    " ノストラダムス "    はペストが猛威を振るった時期に忽然と現れ治療に腕を振るったと云う話も有りました。その中で、「 防護服を身にまとい、予防薬を口に含み 」   などの記述も有るそうです。

7.  SF の開祖と称される海野十三の作品には、多くの未来世界を描いた作品が有りますが、これは一種の疑似体験を提示しているとも云えるでしょう。
   ここで採り上げたいのは 「 空襲下の日本 」  という昭和初期の作品です。某国の爆撃機の空襲により帝都が壊滅するという物語で、昭和初期の作品ですが、いま読んでも 的確な予想に一驚します。
その予想とは、「三次元空間を飛来する敵爆撃機を完全に阻止するのは、不可能である。成層圏の高々度を飛行する敵機には8センチ高射砲では届かない、10センチ級の高射砲が要る。迎撃戦闘機も高々度で格闘戦を行うための性能と機能を持たねばならぬ・・・・ 」   と云う内容でした。
この予測というか警告は10年後の太平洋戦争で恐ろしい程、的中しました。
   また、「 太平洋雷撃戦隊 」  という作品では、米本土からハワイ基地まで戦略物資を運ぶ輸送船隊を日本潜水艦隊が攻撃して、米軍を物資不足に陥らせるという展開です。ところが実戦では逆に日本が南方から内地に資源を送る筈の輸送船隊が米潜水艦の攻撃に曝されて壊滅する羽目になりました。この作品も、その予測のキーポイントは見事に的中しました。
   氏の、この種の作品は、未来の戦いの様相を読者に疑似体験させた、と見ることができると思います。氏は理工系大学を卒業し、某国立研究所に勤務した経歴を持ち、海外の科学事情に精通していたそうです。

8.  以上、いささか老人のタワゴトを書き並べました。コロナ篭りの毎日で、旧い蔵書を引っ張り出して読み返しています。それで改めて痛感したのは、何十年もの社会経験を経ていた故か、読後感も初見の時とは、かなり異なるという事です。若年未熟の時には、「 えーっ、そんなこともあるのか? 」  という驚きの感じでしたが、海千山千の人生を経た現在では 「 いろいろ有らーな 」  という程度の軽い受け取りです。
ともあれ、「 忙中閑有り 」  ならぬ  「 閑中忙有り 」  を無理に創り出している毎日です。
 < 以 上 >

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