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2020年6月27日 (土)

NO.245 : 芸術は長く、人生は短し、先端技術はさらに短い (1)

1. 芸術は長く、人生は短し。

      一般的な解釈は、「 芸術作品は、数百年あるいは数千年に及んで歴史に残り評価されるが、人間の方は100年に満たぬ期間しか生存せず、しかも忘れ去られてしまう 」というほどの理解でしょう。

      しかし、異論もあるようです。老生が見た資料では、" 芸術 "  とは " 医学・医術 "   を意味し、「 学ぶべき事は余りにも多く、一生を賭けても極く一部しか学び得ない 」  と云う医師の嘆きが本来の意味だ、との説が有ります。老生はこの解釈に触れた時に、賛意を覚えました。

       老生は、" 情報通信技術 ( ICT ) "  の中の一分野である " 移動無線機器 "  の開発設計に30余年も関わり多くの機材を設計しました。しかしながら、会心の作と云うほどの自信作は極めて僅かでした。
一般に
工業製品は要求された性能・機能を満たし、営利事業の立場からは、コスト・バランスを得られれば合格です。これを最小の労力と時間で達成するには、デッド・コピーが最も簡単です。既に世の中に流通している製品を、そっくり真似するのです。( ただし、この作業は専門外の方が想像するほど簡単な作業ではありません。オリジナルな技術者の設計思想を推察し、追随できる技術力を必要とします。)
       学窓を出たばかりの若手技術者であった老生は、デッド・コピーのような姑息な手法を避けて独自の設計を意図しました。ところが実作業に就くと、何から何処から着手するか全く五里霧中でした。大学で学ぶのは基礎理論であり、対象を再分化して錐を揉み込むように鋭く解析するのですが、製品設計は所要の性能・機能を持つ器材を具現化するという総合化
作業であって、逆の流れなのです。
   況して、既存製品に比して、何らかのプラス・アルフアを加えようとするならば、既存技法の盲点を探したり、既存技術に何らかの改善を加えねばなりません。これは、苛酷な難事業です。山のように有る文献資料を調べ、それを理解した上で、実用器材の設計に適用してメリットを得る見込みの有無を判断しなければなりません。
   
このような作業に没頭していると、「 技術のタネは無限、それを具現化する時間は有限 」 との感に悩まされたものです。このような心境は、難病患者を前にした医師が自らの知識・技能の不足を嘆く心境が痛いほど理解できます。

2. " 人生は短いが、先端技術はさらに短い "

   老生の経験を通じて、さらに痛感したのは先端技術の有効寿命の短さです。その例として「 携帯電話 機 」  を挙げれば、何方も首肯されるでしょう。その開発の起こりは  " 何時でも、何処でも、誰とでも、交信できる電話機 "   を意図したツールでしたが、今や多機能の情報機器として、広く活用されています。しかも、その進歩は極めて速いのを痛感します。
   初めて携帯電話が登場したのは、1980年代でした。当時は音声通信  ( アナログ方式 )  のみの機能で、交信範囲も限られていました。形態も大きく、ショルダーバッグ又は小型辞書ほどの大きさでした。価格も高く、医師・高級官僚・経営者などしか使用できませんでした。この時代の機器を第一世代 ( 1G )  と称します。それ以来、ほぼ10年毎に新技術が導入されて機能を拡大してきました。下記のとおりです。

  第一世代 (1G) 1980年代 アナログ方式 音声通話
  第二世代 (2G) 1990年代 デジタル方式 パケット通信
                                         
電子メール
  第三世代 (3G) 2000年代 世界共通デジタル方式
                                           インターネット接続

  第四世代 (4G) 2010年代 動画 SNS 
  第五世代 (5G) 2020年代   あらゆるモノをインターネッ
               ト
接続 (IoT) 自動運転
                                            ロボットの遠隔制御

       各世代の機器は、業界一流の研究開発担当の技師が心血をを注いで世に生み出した製品です。その業務に直接に関わった技師の人数は、全くの推定ですが国内で数百人 世界では数千人に及ぶでしょう。その上に、膨大な「 カネ・モノ 」 が投入された筈です。( ここに挙げた人数は、機器の設計者のみに就いてのヤマカン的な見当です。この他に " 通信方式の研究 " ・ " 部品素子の開発 " ・ " 課金方式の検討" などの担当者が居ますし、 " 基地局設備の設計・建設・運営 "  などのスタッフが存在しました。
   これらの大量の資源を投入した成果は市民生活に大きな影響を齎しました。しかも、ほぼ10年毎に新世代の機器が出現します。その技術革新は素晴らしいと感じますが、反面において技術の有効寿命の短いのを慨嘆したくもなります。正に " 先端技術は、人生よりもさらに短い "   と痛感させられます。

 3.アナログ時代 (1G) の機器の説明                                   

           

   左図は1970年の大阪万博に出品された  " ワイヤレス・テレホン"  です。世界に先駆けて公開された機器で世界から注目されました。当時は半導体の技術が充分ではなかったので、開発者は苦心したそうです。また、交信範囲は万博会場を中心として限定されていました。
   中図は1980年代に実用化された  " 自動車電話機・TZ-801型 "   です。今日から見れば高価な大型機器でした。加入料金は 83,000円、月間基本料が 30,00円も、通話料金は280円/3分でした。さらに
保証金として200,000円も要しました。それですから、「 自動車に電話機が付いているのではない、電話機に自動車が付いているのだ 」 と揶揄されました。加入者は医師・弁護士・経営者などの高所得者に多かったようです。また、機材の本体は車のトランクに装備し、アンテナは屋根に取り付けました。送受話器 ( ハンドセット )  だけが運転席近くにセットされました。
   右図は  " ショルダーホン・100型 "  という肩掛け方です。新聞・テレビなどの報道記者が活用しました。これらの機器は音声 ( アナログ方式 )  のみで、今日の  " スマホ "   のような多機能ではありませんでした。交信範囲は東京・大阪などの大都市圏が中心でした。

4. デジタル時代 ( 2G 以後 ) の機器の説明

  Photo_20200803091301    Photo_20200803091401

      左図はNTTから発表された  " デジタル・ムーバ "  です。左から " N 型 "  ,  "F型 "  ,  "P型 "  , "D型 "    と称します。 性能・機能は同一ですが、メーカーが違います。この機材はデジタル方式でしたが、今日の機器のような多機能では有りませんでした。
  中図はNTTの  "FOMA らくらくホン "   で機能は大幅に拡張されました。今日の " スマホ "  の先駆とも云えますが、国際規格化されなかったので世界的には普及せず、今日では " ガラケー "  という揶揄を込めた言い方をする人がいるのは、残念です。彼らは「 私、使う人 」 であり 「 造る人 」 の研鑽努力を思わぬ浅薄な人々です。
  右図は国産の  " らくらくスマホ me F-03K "   です。米アップル社の " i Phon " に匹敵する多機能機です。 

5.   発行人の一言 

  今日のスマホは、単なる携帯電話機の域を遥かに超え、万能の携帯情報端末機になっています。有線系・無線系の統合を目指した自動車電話システムが当初の意図を遥かに超えたシステムに成長した事は驚異です。その技術的基盤は半導体、特に ”CPU ( 中央処理装置 ) "  の発達・高度化です。

   「 日進月歩 」というコトバは 100年も前から有りましたが、半導体が発明・実用化された1950年代頃より「 秒進分歩 」 というコトバが流布しました。半導体は ” 産業のコメ " と称せられるように、あらゆる工業製品に活用され、延いては市民生活・社会体制に大きな影響を与えました。
しかも、その半導体そのものの進歩は極めて速いのです。 その特徴を 速やかに把握した上で、有効に活用する回路技術を模索し、電子機器として纏め上げた製品はライバル企業と競争せねばなりません。
それも性能・機能だけでなく、操作性・耐久性・コスト・生産性・保守整備性など競争項目は少なく有りません。

   真に、人生は短く、学ばねばならぬ学識は多く、しかも先端技術を盛り込んだ製品の有効寿命は短い事を慨嘆したくなります。 

             <以下次号>

 


 

 

 

 

 

 

 

 

                    

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