無料ブログはココログ

« No. 274 : 往時茫々 昭和・平成・令和を生きて (14) | トップページ | No.276 : 滅茶苦茶なコトバの乱れ »

2021年6月 4日 (金)

No.275 : 往時茫々 昭和・平成・令和を生きて (15)

21. 筋肉機械から感覚機械・頭脳機械へ

        " 
コンピューター "   が市民社会にも浸透し始めた頃に東大の渡辺茂教授が、その分野の啓蒙書を刊行しました。老生は直ちに購入して一読し、大いに啓発されました。冒頭の章で教授は、人類が工夫・開発してきた機械は、" 筋肉機械 " , " 感覚機械 " , " 頭脳機械 "   に区分できる、という意味の論述をしました。

        原始人は、周囲の野生動物の脅威に対して、石器や棍棒で対抗しました。素手では野生動物と争うことは不可能でも、これらを活用して危難を避けただけでなく、貴重な食糧を得たのです。石器や棍棒は非力な人間の腕力 ( 筋肉 )  を補強した最も原始的な道具 すなわち  " 筋肉機械 "   であったのです。
資本主義社会は蒸気機関の発明を契機として生まれました。この機械は正に筋肉機械の一頂点を示すモノでした。
       次いで現れたのは、" 感覚機械 "   です。" 老眼鏡 " , " 望遠鏡 " , " 顕微鏡 " , " 補聴器 " , " 電話 "  ,  " ラジオ " ,  " テレビ " などが該当します。 これらは、人間の視力・聴力などの感覚を増強する機械です。さらに云うならば、" レントゲン装置 " , " 心電計 " , " MRI " 、などの医療検査機器が該当します。人間の内臓を直接に観察することは出来ませんが、この機械の出現により可能になりました。さらに、" 感覚機械 "  は在来の  " 筋肉器械 "   に
結びついて、より精緻な動作を可能にしました。

   その次に現れたのは、人間の頭脳の働きを補強する  " 頭脳機械 "   です。" 電子計算機 "   は出現当初は文字通り膨大な計算処理を行うことを意図したのですが、 " 記憶・検索・照合 "   などの作業にも有用であり、人間の頭脳の働きを補強する機能が明らかになりました。
例えば  " 日本語 ワード・プロセッサー "   などは、その代表的なモノでしょう。

    日本語の文章は、漢字及び仮名 (2種 ) を用いて書きます、この手法は多くの特長を持ちますが、文を書くのに時間を要すると云う難点が有ります。これは近代ビジネス社会では不利を齎す場合が少なくありません。特にニュースのように、短時間で情報を多人数に伝える業務では、問題になります。例えば、重大事件などを報道するニュース記者は寸刻を争って記事を書き、印刷部署に伝えるのが仕事ですが、その折にかな漢字混じり文を手書きするのか ( 日本人記者 ) 、英文をタイプライターで打つのか ( 欧米人記者 )、その所要時間差は歴然としています。
   また、日本の各組織に於いて事務処理の生産性が欧米に比して劣るとの説が有ります。これも手書きによる文書作成の遅さが一つの要因とされています。
        このような指摘は数十年も前から在り、英文タイプライターに匹敵する  " 日本語タイプライター "   への要望は切実でした。戦前に  " 和文タイプライター "  と称する機器が生まれました。しかしながら、実質は  " 簡易型手動印刷機 "  であって、準備された2000個ほどの活字の中から目的の活字を探し出してはキーを打つ、と云う操作を繰り返したのです。熟練者は多用する活字の位置を覚えたそうですが、英文タイプライターのようなブラインド・タッチなどは
望むべくも有りませんでした。( それでも当時としては画期的な製品でした。この  " 和文タイプライター "   の考案者は、日本の大発明家の一人として遇せられました。)

   17
      和文タイプライター ( 一例 )

         英文タイプライターに対抗できる  " 和文タイプライター "   は永年の夢でしたが、コンピューターの出現により、漸く一縷の望みが生まれました。解決すべき問題は、多くの漢字と熟語 それに送り仮名のキーを如何にすべきか? という難問です。少なくとも2000語を超える漢字に個々のキーを設ける事などはできません。100個以下のキーで多数の漢字に対応させるという命題は最大の難問でした。
   コンピュータの研究者や電子技術者は、国語・文字・言語・文法などの分野についての知識経験は深くありませんから、その道の専門家に協力を求めました。しかし、多くの場合は 「 夢物語 」 として一笑に付されたそうです。中には 「 日本文を機械で創るなどは、国語に対する冒涜である 」 と極言する権威者も居たと影の声は伝えています。
   それでも、協力や示唆をして下さる先生も居り、また電子技術者の方でも在来の文法とは別のルールを模索し実現を図りました。その挙句、案出したのは 「 かな・漢字 変換 」 の技法です。 " キーボード "   から所要のコトバをローマ字で入力して  " かな "   を表示
させ、次いで  " 変換キー "  を押して候補の漢字 ( 熟語を含む )  を幾つか表示させます。操作者は、その漢字群に中から然るべき文字を選定します。

例を示せば、「 汽車 」 という文字を求めるには、
 1) " kisya "   とキー入力、 " きしゃ "  と表示
  2) 変換キー 操作、記者、汽車、貴社、帰社 など表示
 3) 選択操作、上の表示から 「 汽車 」 をキー操作で
これで、目的とする文字が得られます。

この技法のより、2000字 を超える漢字、膨大な数の熟語を、 " アルフアベット・キー "  、 " 変換キー "  、" 選択キー "  の僅か 30個 ぐらいのキーで 処理できます。これは、日本文の作成に革命を齎しました。

   最初に製品化したのは、T 社でした。それは事務机 ( 片袖 ) に組み込まれていました。机上には " キーボード "  、 " CRT モニター "  、” プリンター "   を配置し、右側の書類用引き出しには、 "  コンピュータ本体 "  、 " 記憶装置 "   などを収納しました。その機能・性能は今日の水準から見れば、簡素なモノでしたが、発表当初は画期的な製品でした。開発の中心であった M 氏 は2006年に文化功労者に推されました。
   Wp03
  初の日本語ワードプロセッサー 1978年、T社 JW-10

このマシンの価格は600万円を超える高価でしたが、大企業は早速導入しました、このような OA機器は渇望されていたのです。取引に関わる契約書などの多様な書類が綺麗な活字で印刷されている、という事は会社の品格・信用のステイタスに関わるとさえ云われました。

   一般に電子機器は技術的な突破口が開かれると、忽ち 小型化・多機能化・低価格化の競争になります。日本語ワード・プロセッサーも例外では有りませんでした。


   次のモ
デルは、机上に置く3点セット、とも云える構成です。

   Nec-nwp10n

上図のように、" プリンター "  ,  " 本体 ( CRT モニター , 中央処理装置 , メモリー装置 ) "  ,  " キーボード "   で構成されます。机は単なる平机で機材を置くだけです。
   次のモデルは、オール・イン・ワン 型 になりました。

   


全部が一体化され、任意の場所に携行できます。" モニター "  は " 液晶パネル "   になり、" プリンター "  は  " インク・ジェット方式 "   になりました。共に小型化・省電力化に役立っています。電源は電池内蔵ですから、室外でも使えます。

    以上は、外観・構造などについてですが、「 かな・漢字 変換 」  についても長足の進歩が有りました。AI 的な技法の導入です。例えば 前記した " きしゃ "  を数個含む長文、
「  きしゃ ( 貴社 ) の きしゃ ( 記者 ) が、きしゃ ( 汽車 ) で きしゃ ( 帰社 ) した。」
を一度で変換できる製品も、「 ビジネス・シヨウ 」 のような  " イベント "   に出品されました。ただし、デモ用として、特にチューニングしたモデルであったようです。
上記はデモ用に特化したのですが、汎用モデルにも AI 的なワープロ・ソフトは続々と導入されました。

    オール・イン・ワン型のモデルは、いわば決定版として量産され、価格も 10万円ほどになり、個所有も増えました。また、操作も自己流で何とか操作できる人も増えました。

    ここで、指摘しておきたいのは、日本語ワープロには、" 文書清書 "  と " 文書作成 "  の機能が有る、という事です。前者は下書の原稿 ( 手書き ) が有って、それをワープロで清書するケースです。その作業で原稿に不備が見つかれば、キーインの段階で修正します。( 多くの場合、原稿作成者とワープロ操作者は同一では有りません。操作者には修正の判断ができる能力が必要とされました。)
    一方、後者の場合は、作者自身がワープロを使って原稿書きから清書までを一貫して行います。実は、このような使い方こそ、ワープロの機能をフルに使いこなしいるのです。ワープロは文章の修正や入れ替えが簡単に行えますし、その途中経過を印刷しておいて参照することも出来ます。
それですから、このような使い方をすれば、英文タイプライターを駆使するのと、ほぼ同様な効果を得られのです。
           文筆を業とする作家・評論家の方々は、最初はワープロで原稿を書くのを躊躇したようですが、次第にその利便性に気付いて、多用するようになりました。中には、頭から拒否反応示す方もあったようですが、次第に使用者は増えたようです。出版社側は原稿受け取りから出版に至る工程 ( 校正・割付・印刷・製本 など )  
が デイジタル処理 で行えるので歓迎したそうです。
    老生は某メーカーで研究開発を担当していましたが、報告書などの作成に早速活用しました。理系の報告書は、専門用語や数式・図表・図解・写真などが入ります。ワープロの導入で大いに能率が上がりました。さらに、コピー機・スキャナーを併用したので内容も一層充実できました。

    ワープロの初期は専用機でした。ほぼ同時期にパソコンが登場し、こちらは多用途の汎用事務処理機で、ワープロ・ソフトを入れれば専用ワープロと同様に動作しました。その故か、Winndows パソコンの普及と対応してワープロ ( 専用機 )  は次第に姿を消しました。また、ワープロ専用機はメーカー毎に専用のワープロ・ソフトを開発していたのですが、パソコンの場合は殆どが " WORD "   に統一されました。
    この流れは、デイジタル化の浸透という大勢から見れば合理的な判断でしたが、専用ワープロに馴れた人々は戸惑いました。専用機の場合は、スイッチ・オンで直ぐに動作し、プリンターは内臓ですから接続の手数も不要です。
これに対しパソコンン場合は、ワープロ・ソフトをインストールし、プリンターを接続しなければなりません。このような手順を踏むことは、電子機器に馴れていない人々には重荷です。そのためか、中古のワープロ専用機を扱う業者が存在します。相応の市場が期待できるのでしょう。

    「 たまの玄太ブログ 」  は300編近くを数えますが、以前にも 「 アナログ世代の奇想・怪説 ( メール・マガジン ) 」 を330編ほど、「 科学技術史コレクション ( ホーム・ページ ) 」  を43編ほどネットに載せました。リタイア後の20年間の成果です。このような  " 老後の手すさび "  を持てたのは、ワープロが発明されたからで、手書きでは、その 1/10 も出来なかったと思います。
日本語ワープロの開発者に深甚に謝意を捧げる次第です。

          < 以 上 >

 

 

 

 

 

 

 

               

« No. 274 : 往時茫々 昭和・平成・令和を生きて (14) | トップページ | No.276 : 滅茶苦茶なコトバの乱れ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« No. 274 : 往時茫々 昭和・平成・令和を生きて (14) | トップページ | No.276 : 滅茶苦茶なコトバの乱れ »