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2021年10月21日 (木)

No.283 : 往時茫々 昭和・平成・令和を生きて (21)

「 ” 知的生産の技術 ”  が ブーム になった時代 」

   1969年の梅棹忠夫 教授の著した上記の書は、ホワイト・カラー層に大きな関心を巻き起こしました。" 知的生産 "   というコトバは、学者・研究者の論文・作家の作品・評論家の論説など、及びその作業を指すようです。( 蛇足ですが、手元に在る国語辞書を 数冊調べましたが、" 知的 " , " 生産 "   という個々のコトバ は記載が有りますが、" 知的生産 "   の記載は見つかりませんでした。)
   梅棹教授は、その作業を実行するに就いての  "ノウハウ "   が一般には公開されていない。各人各様に編み出した自己流の手法で処理しているのではないかと指摘しました。さらに教授は各自の手法とは云っても共通する手法が、それなりに有る筈だから公開して共通の知識にすべきであるとの見解を広く流布するために、上記の書を著したと記しています。

   この書物の主な内容は、① 京大型カードの活用、② フラット・フアイルの活用、③ ひらがなタイプライターの活用、の3項目だと老生は理解しています。
   京大型カードとは、B6版ほどの大きさ・はがき程度の紙質 ( 厚さ ) のカードで、これに 「 着想や情報 」   をこまめに書き込み、それをカード・ケースに分類して収めておきます。多くは断片的な内容ですが、頻繫にカードを繰って目を通す事により、頭脳の中で有機的に繋がり熟成して新しい発想が生まれると、教授は説きました。

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   上左図は、その書物の表紙、上右図は A4版フラット・フアイルの外観です。フラット・フアイルとはA3版の厚紙を二つ折りしたモノで綴じ金具などは有りません。教授は、 " 会合の案内 " ・ " 税金や年金に関する書類 "   などで、A4版数頁ぐらいの書類を挟み込むのに使う事を推奨しています。これをケースに時系列的に収容し、折に触れて目を通せば、期日を忘れたり遅れたりするトラブルは防げます。
   " 論文の別刷り "  や、" 資料の切り抜き "   などを入れて整理するにも使えます。使い方は、各人の工夫によりますが、検索の効率を考慮すべし、と教授は説いています。( 例えば、一つのフアイルに1種類の資料しか入ないのは勿体ない、などと考えて数種の資料を入れると、検索に際し手間取るような事態も生じます。)

   " ひらがな タイプライター "   は、" 日本語ワードプロセッサー "   が発達・普及した現在では全く骨董品になってしまいましたが、出現当時は画期的な事務機械でした。
教授は、欧米の知識人は   " タイプライター "   を駆使して論文・論説・記事を量産する、しかも控えを取り易いので、先輩・同僚に下読みをして貰って内容のブラッシュ・アップが出来る, それに対して 日本では手書きの原本が1部しかないので
同時に複数の人々に下読みを依頼できず、論文・論説の質が洗練され難いと指摘しました。( その時代には、コピー機は未だ普及してませんでした。)   その難点の解決策として、" ひらがな タイプライター "    の活用を提唱したのです。ただし、これを実用・普及させるには 「 分かち書き 」  という技法が必要でした。
         これは、例えば 「 規則など様々でも良い 」   と云う文章を、" ひらがな "   で書くには、「 きそくなど さまざまでも よい 」  と3分割して書くのです。これでも相応の習熟は必要ですが、手書きで漢字・かな混じり文を書くのよりは簡便で、且つ複写が容易な利点は有りました。

         梅棹教授よりも以前に笠信太郎というジャーナリストが  「 ものの見方について 」   という書物を著しましたが、その中で氏は 「 欧米人は日常茶飯の書類でも控えを作る習慣が有る 」  と指摘していました。日本人社会は、そのような習慣に乏しく、例えば作家を志す青年が、数年かけて纏めた原稿を編集者に預けたところ、紛失されて悲嘆・絶望したという話を例示していました。

   教授の提唱した " ひらがな タイプライター "    は M社 などで製品化されましたが、あまり普及・浸透しないうちに  " 日本語ワード・プロセッサー "   が開発され、これが欧米におけるタイプライターを凌ぐ機能を備えたので、急激に普及しました。

        梅棹教授の書は、学者・研究者だけでなく、企業人にも話題になりました。当時、老生は某生産会社に勤務する技師でしたが、機器の設計室にカード・システムを採り入れました。ただし、図面や数式の多い業界ですから、それを全部記載する事は出来ません。短い文で済むアイデイアや業界情報などに活用しました。設計室の一隅にカード・ケーを置き、それに各人の抱くアイデイアやニュース・情報の類を記載したカードを入れておくのです。それを随時に覗いてヒントを得たり、さらに上乗せした内容のカードを創ったりしたのです。設計室のチームは、定期的なアイデイア会議を開いていたのですが、このカード・システムの併用により会議が活性化しました。

   現在では、教授の説いた道具立てと用法は、全て  " パソコン "   または  " スマート・フオン "   で実現できます。しかも、遥かに小型である上に通信機能が有りますから、他者に同一の資料を傳えることも容易に行えます。今のビジネズ・マンは、殊更に意識することなく、" 情報収集→分類・整理→情報保管→検索→情報活用 "   を実行している方が多いようです。これは、その前段階である学生時代での 「 卒業研究 」  で先輩や学友から、教えられる機会が多いからでしょう。
        蛇足ですが有力企業が有名大学の卒業生を採用したがるのは、彼等が 「 卒業研究 」  などを介して得た  " 情報取集 " ・ " 情報活用 "   の能力に期待するからだと考えられます。

           < 未 完 >

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