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2021年11月 3日 (水)

No. 285 : 往時茫々 昭和・平成・令和を生きて (23)

「 " I T 企業 "  は隆盛だが  " 情報通信機器メーカー "  は低調? 」

        前回で、" 情報社会 "  の象徴として " IT企業 "  の隆盛を示し、" GAFA "  を代表的な成功例と記しました。それを調べているうちに、その道具立てを開発して提供した  " 情報・通信機器メーカー "  が意外に低調・不振なのに気付いて愕然としました。

   例えば大型汎用コンピューターで世界に君臨した  " IBM 社 "  はどうなったのでしょうか? 今は殆ど話題にはならないようです。また、真空管の世界標準 ( 実質的 ) を確立し、ラジオ・テレビでは特許網を巡らして世界の業界を支配した " RCA 社 "  は姿を消してしまいました。
         さらに、有線電話の創始者の名に因む " ベル研究所 "   は、ノーベル賞級研究者を輩出した名門でしたが、近年は話題にもならぬようですし、無線電信の発明者が起業した
 " マルコニー社 "   も知る人は稀です。   
   日本でも同様で、高度成長期には総合電機メーカーとして世界に覇を競った企業も、今日では採算性の低い部門を売却または閉鎖をしています。

   1900年代後期に、米国  " GE 社 "   の最高経営者である " Jack Welch "   は、「 業界順位が3位以下の事業部は閉鎖する 」   との方針を明言して、 " 原子力 "  ,  " ジェット・エンジン "  ,  " 金融 "   の3事業のみを残し、創業以来の電気機器 や発展性を期待される電子機器の部門の整理を断行して収益を高めました。
         日本企業も 「 選択と集中 」  と云うコトバに意訳して追従しました。( ただし、日本企業の場合は、積極的に推進したと云うよりも、ジリ貧に陥った部門を止む無く整理した、と感じますが。)

   このような現象に老生は、いささか疑問・矛盾を感じます。そもそも、情報機器や通信機器は高度な知恵の集積です。当該メーカーは多数の開発・設計技術者が在籍していますが、彼等は理系の修士や博士が大半です、その人々が衆知を集めて創った装置です、彼等の知識・研鑽が埋め込まれています。それにも拘らず、その製品価格は横這いか低落傾向を示します。

   何故か?  
その理由は量産が裏目に作用したと老生は愚考します。つまり、同一設計の機器・装置が多数生産されるので、開発・設計などの知価は分割されてしまい、その価値を低く見る傾向が生じたのでしょう。

   ( 蛇足です。小説・詩などの知的所有権は、印税と云う制度で出版数に比例して作者にフイード・バックしますが、工業製品の場合の開発・設計などの知価については、個人若しくはグループにフイードバックする制度も習慣も有りません。その上、文学作品の類は全部が対象ですが、工業製品については、その中の一部が特許として知的所有権が認められるだけで、設計全部が対象にはなり難いようです。)

   ところが、それらの機器・装置を使いこなすためのソフトウェアは企業の経営方針や独自性が込められています。これは、" 知価 "   そのもので、量産も模倣も出来ませんし、その優劣はモロに企業の成果に影響します。新しいビジネス・モデルを創出し、それに適したソフトウエアを開発すればば、大きく成功する可能性が得られるからでしょう。

   " GAFA "   の一角を占める " アップル社 "  が パソコンの生産から創業し、現在のスマホに至るまで、メーカーの一面を続けているのは、むしろ例外的な事例かも知れません。

   「 あなた造る人、わたし使う人 」  と云うコトバは以前から有りました。アナロジカルに解するならば、ハードウエアを開発設計する立場よりも、使いこなすためのソフトウエアを駆使する立場の方が優位に立つ、という事でしょう。

    また、江戸時代には 「 士農工商 」  の序列が存在しました。 " 士 "  は  " グランド・デザイン "    を担当し、" 農・工 "   は生活のための ” モノ造り "  を受け持ち、 " 商 "  は  " 製品流通 "  を行います。この3段階の中で、" 商 "  には最も  " 知価 "  が込められていると思われます。  " 農・工 "  も、それなりの  " 知価 "  が込められていますが、かなり固定的でしょう。それに比して " 商 "   はダイナミックな世相に対応する流動的な  " 知価 "  を要します。 " 士 "  に至っては 「 " 神君 ( 徳川家康 ) の先訓に従う 」 と云う先例墨守主義でしたから、" 知価 " としては古色蒼然たるものです。 

    終りに編者の独断と偏見に依る迷論惑説を付加します。

    約300年前の戦国時代から太平の世に至るまでの3英傑に就いて、「 織田が搗き、太閤が捏ねし天下餅、居ながらにして食らう家康 」 と云う街の噂話が有ったそうです。3者ともに卓越した武将でしたが、その 戦略・治世 には独自の知価が込められていたと思われます。

    信長に就いては、長篠の合戦において新兵器の鉄砲を活用した事は周知ですが、城下町を整備して楽市・楽座を設けて商業を振興して財力を蓄えました。秀吉は城攻めに独創性を発揮し、また兵站 ( 戦略物資・食糧の輸送・補給 ) の重要性を認めて整備に努めました。家康は江戸の整備のための大工事・水道の整備を行い、さらに武家諸法度・公家諸法度などの制定を行いました。これらの武将の成功には、ハードウエア ( 武力 ) と共にソフトウエア ( 企画・経営力 ) の充実が有りました、即ち多くの知価が潜在していました。

          < 以 上 >

 

           

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